第7話 オラつく自称武勇伝男、筋肉ごと記憶消去
「その武勇伝、盛りすぎて胃もたれするわ」
オフィスの扉を開けた瞬間、まず目に飛び込んでくるのは、その男の銅像、銅像、また銅像。
しかも全て、同じポーズのマッチョ男。
胸を張り、腹筋をこれ見よがしに割り、片手で札束を掲げている。あまりにも自信満々すぎるポーズに、誰もが一度立ち止まり、二度見し、三度目には鼻で笑ってしまうレベル。
その銅像のモデル、もちろんこの男キケエイコウ。
本物のキケエイコウが革のソファにどっかり腰を下ろし、上半身裸でオリーブオイルを自らの肉体に塗りたくっていた。
「見ろや、この背中。ギリシャ彫刻超えてるだろ?」
確かに……背中の筋肉は、まるで山岳地帯の地形図。広背筋は富士山、僧帽筋はエベレスト。腹筋に至ってはシックスパッドに割れている。
「この前、税務署に『その腹筋、資産にカウントしますか?』って聞かれたからな!」
オフィスの壁一面は自撮り写真とトロフィー。
「喧嘩王決定戦 初代チャンピオン」
「不動産オブ・ザ・イヤー 13年連続受賞」
「自己愛世界選手権 優勝」
のプレートが光り輝いている。
さらに、机の上には純金で作られた“名刺”。書いてあるのはたった一言、
「唯一無二 神をも超えし存在 キケエイコウ」
その下に小さく「職業:全部」とある。
マーリンは呆れ顔でその名刺を摘み、「燃やしていい?」と聞いたが、エイコウはニッと笑ってウインクした。
「マーリン、お前にはまだわからんよなァ〜。この世界、強さと金と筋肉が全てなんだわ!」
そう言って、エイコウは鏡に向かってポージングを始める。ピクッ、ピクッと大胸筋をリズムよく跳ねさせながら、
「ちなみにオレ、呼吸のたびに筋肉動くから。寝てても筋トレしてるようなもん」
「え?血管?もちろん計画的に浮かせてる。今日は“怒りの静脈”ってテーマでな?」
マーリンは無言でティーカップを持ち、紅茶ではなく胃薬をそっと口に含んだ。
「金もさ、もう使い道ねぇのよ。風呂が金箔、枕がダイヤ。靴?履き捨てのフェラーリだぜ?」
「……え、今なんて?」
「フェラーリを丸ごと履いてんのよ。片足ずつ」
ここで限界突破。
マーリンのこめかみに青筋が浮かび、静かに立ち上がる。
「キケエイコウ。あなたの伝説、自慢、そして無駄に盛られた筋肉語り」
「その全部、消去して差し上げるわ。アタマパッカーンで!!」
「思い出は、語られすぎればただのノイズ」
「武勇伝は、盛りすぎればただのファンタジー」
「ゆえに」
「記憶消去魔法 アタマァァァァァ……パッッッカーーーーーン!!!」
ズッッギャアアアァァァン!!!
爆音とともに、キケエイコウの目が遠くなっていく。
彼の脳内からは、「喧嘩王」「不動産王」「自分大好き王」の三冠王記憶が、きれいさっぱり消去された。
「……あれ?オレ……何者?」
マーリンは肩をすくめ、紅茶を一口すすってから、やわらかく微笑んだ。
「あなたの過去、まったく興味ないわ。今をせーいっぱい生きなさい」
「これから学び放題ねぇ〜〜」
その言葉に、キケエイコウはしばらく黙っていたが、やがて静かに
「……うっす」
と、まるで新米坊主のように素直にうなずいたのだった。