第5話 店員に偉そうな男、無限ループ地獄へようこそ
「……でさ、俺、昔デビルパークで魔ッキーに“すみません道聞いていいですか”って真顔で聞いたことあるんだよ」
「えっ!?魔ッキーに!?」
「そうそう、そしたらさ、魔ッキーがめちゃくちゃ全力で“耳で案内”しようとしてて、超方向音痴だったっていうね。たぶんあの人、中身の人も道わかってなかった」
「ぷっ……はははっ……!!やめて……お腹痛いっ……!」
テーブルの上にはまだメニュー表だけ。けれど、そんなことは気にならないくらいに、マーリンは心から笑っていた。
男の名はクレーマクレマ。
外見はまあ普通だが、話のテンポが良くて、少し自虐混じりのトークが絶妙に面白い。魔界育ちのマーリンでさえ、不意打ちのように吹き出す場面が何度もあった。
(やだ……楽しいかも。まさか地上の男に、ここまで笑わされるとは……)
笑いすぎて涙を拭くマーリン。今日の彼は、魔術師ではなく、ただの一人の女性としてその時間を楽しんでいた。
「ねぇ、クレマさんって、話うまいのね。いつもそんな感じなの?」
「いやいや、マーリンが笑ってくれるから調子乗ってるだけだって」
そのやりとりにも、ふわっとした空気が流れる。
……が、それは注文してから20分後のことだった。
「すみません、まだ料理来ないんですけど……。ていうか、頼んで30分経ってるんですけど?遅くないっすか?」
クレーマクレマの声のトーンが明らかに変わっていた。
「あ……申し訳ございません、ただいま確認いたします」
焦って頭を下げる若い店員に、クレーマクレマの眉間がぎゅっと寄る。
「確認?いやいや、普通持ってくるよね?どうなってんのこの店。マネージャー呼んでよ。こんな対応アリ?」
マーリンは凍りつく。
ついさっきまで、デビルパークで魔ッキーと迷子になる話をしていた男と同じ人間とは思えないほど、態度が横柄で刺々しくなっていた。
「……クレマさん、そんなに怒らなくても……。きっと混んでるだけよ」
「いやいや、こういうのはちゃんと言っとかないと直らないから。俺、こういうの無理なのよ。てか、客って神様でしょ?」
「……おい、遅くない?」
彼は店員を手招きし、つまらなそうにため息をついた。
「ねぇ、今、何分待ってると思ってる?こっちは客なんだけど?」
店員が恐縮しながら
「申し訳ございません、ただいま準備を―」と言いかけると、
「準備?遅いよ。もう二度と来ないからこの店。星ひとつだな、星マイナスでもつけられるならつけてるよ」
店員の顔が曇る。周囲の客の目線がチラチラとこちらに向く。
マーリンの笑顔が、すうっと消えた。
静かに席を立ち、杖を構える。
「……礼儀を知らぬ者は、少々教育が必要ですわね」
マーリンの表情が完全に変わった。
笑顔はすうっと消え、静かな怒りがその瞳に宿る。
「態度でかい男には、顔もでかくなってもらいましょ」
背筋をすっと伸ばしたマーリンの指が、テーブルの下で小さく円を描き始める。
「聞け…虚無より響く嗤い声。
我が名に応じ、傲慢なる貌を戒めたまえ。
歪め、膨らめ、破裂寸前まで
羞恥と嘲笑の仮面を貼り付けよ。
《肥大せし罪の鏡、破戒の宴よ!》
今ここに顕現せよ。
顔膨陀魔封・カオパンパン!!」
杖の先から放たれた紫黒い光がクレーマの顔に直撃した。
その顔は、ぷくっ…ぷくぷくっ……パンッ!
「うわっ!?な、なにこれぇ!?顔がっ……顔が風船みたいにッ!」
鏡に映った自分の姿を見て、彼は慌てふためく。
だが逃げようとするも、店の出入口はループ空間へと接続されていた。
「あれっ!?…あれ!?出られない!なんで何度出てもこの席に戻ってきてんだよぉお!!」
何度も出入口をくぐっても、彼は元の席に戻る。ぐるぐる、ぐるぐる、まるで反省の時間のように。
マーリンはゆっくりと席に戻り、店員に優しく微笑みかけた。
「ご心配なく、数時間ほどで戻れるようにしておきましたわ。顔の腫れも、おそらく……1週間くらいで引くと思いますの」
そして最後に、クレーマに向かって言い放つ。
「お店とお客様の立場はイーブンです。
どちらが上とか下とか、そういう上下関係はございませんわ。
人を見下せば、自分の顔がそのまま映し出されるの。
その傲慢な顔、今のあなたそのものですわ」
店員はお盆を持ち直しながら、何度も頭を下げた。
マーリンは席に戻り、ワインを一口啜る。
そしてぽつりと、呟いた。
「礼儀のない男に、未来はないのよ」
マーリンは席に残されたワインを一口飲み、静かに店を後にした。
その足取りは軽やかで、どこか満足そうだった。