第2話 元カノの話が長すぎる男、時空の狭間へ
風が心地よい午後。
王都オルディアの端、魔術書カフェ《ページと呪文》で、マーリンは新たな男・カコミレンとティータイムを楽しんでいた。
最初の印象は悪くなかった。
「君の黒魔法、すごく綺麗だね。まるで夜空に咲く星のようだ」
「へぇ、詩人気取り?」
「いや、本心さ。本当に、君だけなんだ。こんなに話が合うのは──」
マーリンは内心、(今度こそ…?)と、ほんの少しだけ期待していた。
しかし
「いやあ、でも正直、エルリアと付き合ってた頃も楽しかったんだよね。彼女、黒魔法は全然だったけど、朝ごはんのバナナスープが美味しくて……あ、あと脚がきれいでさぁ……」
(……エルリア?)
「でね、リリアって子もいたんだけど、あいつは逆に魔法はできたが、料理がダメ。だけどね、こう…抱き心地がよかったっていうか、包容力っていうの?癒し系?いまでもたまに夢に出てきて──」
(はい、元彼女2人目)
「でさ、ナナフィ!あの子は本当に面白かったんだよね〜。ツンデレっていうの?初めは冷たくてさ、でも慣れてくると“も〜ミレンってほんとバカ〜♡”とか言ってくれてさぁ……ははっ、あの頃が一番恋してたかもな〜」
(元彼女3人目。終了)
「……あ、でもユリーナって子も──」
ガタン
マーリンが静かに紅茶カップを置いた。
「ねぇ、ミレンさん?」
「ん?なに? もっと元カノ話、聞きたい?オレ、結構経験あるほうで──」
「……元カノの名前、3人以上出したら、時空の裂け目が開くって知らなかったのかしら?」
「は、えっ? それ冗談──」
「闇より生まれし深淵の門よ──
時空を裂き、すべてを呑み込め……《アビスゲート》!!」
ズゥゥゥン……!
大気が低く唸り、頭上の空間がビリビリと黒く裂ける。
「あ……あれ!?な、なんだよあれ!?」
ミレンが連れていた見栄っ張り用の守護用のゴーレムが、主人を守ろうと立ちはだかる。
「グ、グオオオオ……ッ!」
爆発的な吸引音とともに、ゴーレムは完全に亜空間に吸い込まれた。
だがその巨体すら、時空の歪みに吸い込まれていく。
千切れ、砕け、叫ぶ間もなく消えた。
「おやすみなさい、岩くず。あなたの主人も、もうすぐよ」
マーリンはミレンを冷ややかに見下ろす。
「ま、待ってくれ!僕は悪くない!元カノに振り回されただけなんだよ!癒しが欲しくて!安心が欲しくて!それにユリーナも──」
「……まだ増えるんかい」
マーリンは静かに指を鳴らした。
ミレンの足元に、もうひとつの亀裂が走る。
「最後に、教えてあげる。過去の女に未練がある男は、未来の女を幸せにできないのよ。」
ゴオォォォン!!
ミレンの絶叫が時空の狭間に消え、空間は静かに閉じられた。
残されたのは、平穏と少しの焦げた匂い。
マーリンはローブをなびかせ、振り返らずに歩き出す。
「“今”の女を大事にできない男は、“過去”の女に取り残されるのよ」
「別れた女の話は、前世で済ませてこい」
マーリンは振り返らず、ローブを翻して去っていく。
その背に、静かな一言だけを落とした。