第1話 ポイ捨て男、地獄行き
王都にカラメル、午後三時。
マーリンは石畳のカフェテラスにて、少し緊張しながら待っていた。
「今日こそ、ちゃんとした男であってくれ…」
心の中でそう祈る。もう何人目だろう、理想からかけ離れた男と会ったのは。
だが、その男・キザオは
「待たせたね。君の時間を奪うなんて失礼だった」
颯爽と現れ、そう言って深く頭を下げた。
肩幅広め、声は落ち着いて低音、丁寧な物腰に、マーリンは目を細める。
(……ん?これは、アタリかも……?)
カフェの椅子を引いてくれる。
注文前に「君は何が好き?」と聞いてくれる。
おまけに、こちらの話にもちゃんと耳を傾けてくれる。
(なにこれ、すごい。まとも。ていうか紳士じゃない?)
一瞬、「もうこのまま手でも繋いじゃう?」と浮かれるほどだった。
だが。
問題は「食後」だった。
会計を済ませ(もちろん彼持ちだった)、ふたり並んで歩く帰り道。
ふとキザオがポケットから取り出したのは、最後に一服しようとしたタバコ。
(タバコ吸ってもいいか聞かないの?)
「いや〜、マーリンちゃんみたいな子に会えてよかったわ」
笑顔で言いながら、一息ついて、吸い終えたキザオは
ポイッ。
スッと吸い殻を石畳に捨てた。
「……は?」
マーリンの笑顔が、真冬の吹雪のように凍りついた。
「え? あ、気にしないで。掃除の人、来るし?」
キザオは軽く笑ってみせる。
「……ねぇ、キザオ」
「な、なに?」
「その紙ゴミも、あんたも……同じくらい軽いのよ」
一拍置いて、魔力の気配がドカンと膨れ上がる。
「深淵の底より目覚めし黒き龍よ、封ぜられし煉獄の鎖を、今、断ち切れ!
闇と炎の契約によりて、我が魔力に応えよ!!」
空が赤黒く染まる。
頭上に巨大な魔法陣が現れ、そこから闇と炎をまとった【黒龍】が姿を現す!
道行く人々が次々に逃げ出す。キザオだけが固まったまま、汗をだらだらと垂らしていた。
「な、なにこれ……冗談でしょ……!?!」
マーリンは黒龍の背に立ち、指をピシッと突き出す。
「呑み込め、焼き尽くせ、全てを灰に!
黒龍獄炎爆裂!!」
その咆哮は空を裂き、口から吐かれるのは業火の地獄炎!
ドォォォォォン!!!
「ウわあああああアア!!!」
地の底から鳴り響く咆哮。
一瞬で地面を覆い尽くす灼熱の業火!
カフェ跡地には、タバコの吸い殻ごと、ポイ捨て男が灰寸前で転がっていた。
「顔が良くて態度がいいだけで満点だと思うなよ。
“本性”はね、ちょっとした瞬間にポロッと出るものなの」
マーリンは呟き、背を向けて歩き出した。
足音だけが静かに響く街角で、ぽつりと言葉を残す。
「本当の男の価値は、見た目じゃなくて。女性をどう扱うかで決まるのよ。」
その影に、黒龍の焔が揺れていた。
風転爆撃放浪記は続く。