第8話 伝説の勇者、元パーティ仲間と再会する
観光都市セルベリアで放浪旅を始めて2日。
もうすっかり街の雰囲気にも慣れ、ガイドのチムチムとも仲良くなった頃。
事件は起きた。
「アーサー!」
公園で優雅に日向ぼっこしていると、聞き覚えのある声が俺を現実に引き戻す。
それは元パーティメンバーだった。
息を切らしたセイラとヌーナだ。2人には挨拶もせずに本拠地を出たからなぁ。
一言くらい感謝の言葉を述べておくべきだった。
「やあセイラ、ヌーナ」
「――ッ!」
ここで、女性陣2人は俺の隣の人物に気付く。
かつて対峙したことのある、魔王であるということに。
「あ――あんたは……」
「こんにちは、久しぶりだね」
「魔王スコット・マオウダゼ……」
一瞬にして警戒態勢に入るセイラ。
目の前にいるのは、少し前に俺が倒したはずの魔王。
最強の力も持つ、伝説の魔王だ。
そんな存在が、どうしてこんなところにいるんだろうね。
セイラもヌーナも、唖然とした様子でスコットを見ていた。警戒を解かずに、俺に説明を求める。
声には出さず、視線だけで。
「ああ、紹介するよ。パーティを辞めてから一緒に旅をしてる、元魔王のスコットだ。会ったことはあるよね」
「ええ……でも……」
「こっちは元魔王軍騎士団長のオースティン。礼儀正しい奴だから仲良くしてやってくれよー」
「……どういうこと? 魔王はアーサーが倒したはずよね?」
「そんなわけないじゃん。親友と戦うなんてできないって」
「親友?」
セイラは、わけがわからない、という表情で俺を見た。
そりゃあそうだ。
彼女の中の魔王は最低最悪の敵なんだもん。そんな魔王と勇者が仲良しだったら、確かに混乱するよね。
「セイラさんとヌーナさんだよね? たまにあっちゃんから話を聞くよ。よろしくね」
好青年のスコットが挨拶した。
気まずさとか1ミリもないらしい。
「え、あ……どうも……?」
珍しくセイラがあたふたしている。
クールなメンバーの貴重な可愛い姿だ。目に焼き付けておこう。
「オースティンっす。アーサーさんにはいつもお世話になってるっす」
「いやいや、そういうのいいって。照れるじゃん」
「ほんと感謝してるんで」
オースティンはやっぱりいい奴だ。
笑顔で俺への感謝を述べる魔王軍の元幹部。
その様子にまたセイラたちは混乱する。意外なことに、ヌーナよりもセイラの動揺ぶりが凄まじかった。
「アーサー……? 話を整理するわ……まず、あなたは追放されたのよね?」
「もちろん」
「あの……魔王さんとは……その……お友達なんですか?」
ヌーナがやっと口を開いた。
「そうそう、みんなには黙ってたけど、俺たち結構趣味とかも合うから仲良くなってさ。今では一緒に旅してるって感じ」
「魔王は死んでない、そういうこと?」
「うん、そうなるね」
「魔王は危険な存在。排除すべきだと思わないの?」
「見たらわかるよね? スコットは俺たちと戦うことなんて望んでなかったし、魔王って役職も人柄がいいから割り当てられてただけらしいよ」
「誰も魔王をやりたがらなくてね。大変な仕事だし、自由も少ない。最初は興味とかなかったんだけど、僕が魔王をすることで、みんなが笑顔になってくれたらいいなって思ったんだ」
「……」
元魔王が向ける純粋無垢の笑み。
この笑顔を見せられてしまえば、もう魔王を倒そうなんて気持ちにはならないだろう。
いやぁ、こういうの強いよね。
最強の武器って感じで。
「とにかく、スコットもオースティンも悪い奴じゃないから安心してね。俺はまあ、ライドから強制的に追放されたわけだけど、そんな気にしてないから」
「ライドは私が殺す。だから戻ってきて。アーサーは私たちのパーティに必要なの」
「それは普通に嫌だよ。だってもう勇者引退したし。ごめんなー」
「そんな……」
絶望に満ちた表情を見せるセイラ。
ヌーナも同じだった。
俺は2人の実力を評価しているし、王都にセイラとヌーナがいれば十分だと思う。勇者である俺が引退した分、2人には頑張ってほしい。
「そこのレディたち。アーサーは今休暇を取っている。邪魔をしないでくれたまえ」
ここで、トイレに行っていたチムチムが戻ってきた。
お土産ショップでハンバーガーを買ってきている。
しかも両手で食べれるやつだ。凄いな。
「あんた、誰?」
「我はアーサーとスコットの盟友、チムチム・トリニンゲンである」
「アーサー、彼も友達? 彼も魔王軍の元幹部か何か?」
「いや、ただの一般人だ」
「そう……」
チムチムは一般人だと言われて誇らしげだ。
「というわけで、【黄金の輝き】はセイラとヌーナに任せた。なんか可哀そうだからライドは残してあげてね。それじゃ」
「え、ちょっと――」
俺はスコットとオースティン、一般人のチムチムに目で合図を送った。
撤収の合図。
チムチムは空を飛び、残りの俺たちは猛ダッシュ。
最強レベルのフィジカルを持つ俺たちだからこそできる、究極の撤収であった。どんなに足の速いモンスターも、元勇者・元魔王・元魔王軍幹部でありながら騎士団長を務めていた男の本気ダッシュには敵わない。
セイラとヌーナよ。
さらば。