無意識の独占欲
毎日19時頃投稿予定です。
中庭の喧騒が遠く聞こえる放課後の図書室。いつものように人気のない奥まった書架で、私は調べ物をしていた。静かで、誰にも邪魔されないこの空間は、私にとって唯一の安息の地だった。だが最近、その静寂が、以前とは違う響きを帯び始めている。
視線の端で、フレイがユーグライト嬢と並んで歩く姿を捉えた。薬草園から戻ってきたのだろう。二人の間には、穏やかで、しかし確かな空気が流れていた。彼女の表情は、以前の怯えや硬さが嘘のように柔らかく、花が綻ぶように微笑んでいる。フレイもまた、彼女の話に真剣に耳を傾け、時に楽しそうに相槌を打っていた。
(フレイ……また、あんな顔をして……)
胸の奥に、ちり、と小さな火花が散ったような感覚があった。それが何か、はっきりとは認識できない。ただ、目の前の光景が、妙に胸をざわつかせた。ユーグライト嬢がフレイに何かを熱心に説明し、フレイがそれに頷く。まるで、彼らの間にしか存在しない秘密の共有を目の当たりにしているようで、妙に苛立った。
私はフレイに冷たい態度をとってきた。それは、彼が私との思い出を忘れていたから。でも今考えると別にフレイは悪くない。幼いころの記憶だし、覚えていなくてもおかしくない。ただ、魔王領からひとり、帝国の学園に通わされる不満と不安を抱いていたなかに、フレイを見つけて、私がひとりで舞い上がっていただけだった。
孤立している私にフレイはいつも話しかけてくれて、私はそれを当たり前のように感じ、子供のようにいつまでも拗ねているだけだった。
ユーグライト嬢と並んで歩いている彼を見ると胸の奥がざわめく。フレイが落ちこぼれとさげすまれる中、私だけが彼の秘密を知っている。そんな変な優越感のようなものを抱いていたのかもしれない。
なのに、ユーグライト嬢も、私がそうであるように、フレイにとって特別な存在になりつつある。彼が彼女に向ける眼差しは、私に向けられるものと同じ、あるいはそれ以上に純粋な「興味」と「知性」に満ちているように見えた。
フン、と小さく鼻を鳴らす。拗ねているだけなのは自覚したけれど、やっぱり幼いころの記憶を私だけが覚えているという事実が悔しくなった。
その日から、私のフレイに対する態度は、ごく僅かだが変化した。これまでは用件がなければ話しかけることすらなかったが、食堂で彼を見かければ、わざと近くの席を選ぶようになった。彼の研究の進捗を、さりげなく尋ねることも増えた。返ってくる答えに、たまにユーグライト嬢の名前が出ると、無意識に眉間に皺が寄った。
そして、ある日のこと。フレイが魔王領に関する資料を探しているのを知った時、私は唐突に口を開いた。
「……あなたの探しているもの、図書館では見つからないわ。特に、古い時代のことや、魔王領に関する真実はね」
フレイが驚いたようにこちらを見た。普段の私なら絶対に口にしない類いの言葉だ。私自身、なぜこんなことを口走ったのか、うまく説明できなかった。ただ、彼が探している真実を、ユーグライト嬢ではなく、私が示せるという衝動に駆られた、とでも言うべきか。
「学園の歴史書は、帝国の都合の良いように書き換えられている。本当に知りたいなら……」
そこまで言って、口を閉じ。すぐさま図書館をあとにした。
何を言いかけたのか、フレイが追ってきて尋ねてくるが、私は口をつぐんだ。
私のことをすべて話してしまいたい。でも本当に話してしまっていいのだろうか。
私の出自、魔王の娘としての知識、帝国と魔王領間の隠された歴史の裏側――彼が追い求める「真理」の核心に迫る情報だった。私のプライドと、まだ自覚しきれない奇妙な感情が、私を突き動かしていた。彼の探求を助けたい。そして、その過程で、彼にとって最も重要な存在は私であると、無意識のうちに証明したがっているのかもしれない。
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