芽吹き
連載再開します! 毎日19時頃投稿予定です。
セレスティアとの緑属性に関する研究は、俺の仮説を次々と裏付ける、発見の連続だった。彼女の魔法は、帝国が「出来損ない」と蔑むような地味な力ではない。むしろ、その本質は、生命そのものに働きかける、極めて繊細かつ根源的なものだと確信を深めた。
薬草園に通うのは俺の日課ととなっていて、植物の世話を手伝いつつ、俺の知っている植生の知識をセレスティアに教えていた。
「植物の成長を緑属性魔法で促進させる時、何を考えて魔力を流していましたか?」
薬草園で、俺は苗木に手をかざすセレスティアさんに問いかけた。
「大きく育って下さいって、ただそれだけ……。その方が……植物が喜んでいるような気がして」
セレスティアは、少し恥ずかしそうに答る。
「そうですか。その感覚は間違っていないと思います。ですが、もっと具体的に、植物が『どうやって育つか』を知れば、魔法の効果は飛躍的に高まると思います」
緑属性魔法がイメージの影響を強く受けるならば、それを強固にすれば効果は高まるはず。
俺は、この世界の住人が知らないであろう概念を、あえて新しい言葉で、しかし丁寧に説明し始めた。
「例えば、この苗木は、『細胞』という目には見えないほど小さな、無数の生きている粒々でできています。植物だけでなく、人間や動物も、全てその『細胞』の集合体なんです」
セレスティアは、俺の説明に首を傾げた。
「サイボウ……? 生きている粒々? 植物は水を吸って、太陽を浴びて大きくなるのではないのですか?……」
「ええ。ですが、その『大きくなる』過程には、もっと複雑で精巧な仕組みがあります。根は土から水と養分を吸い上げ、茎を伝って全身に運び、葉は太陽の光と空気中の二酸化炭素を取り込んで、その『細胞』を増やすための養分を作っているんです」
俺は、葉の裏や根の構造を指差しながら、彼女に具体的なイメージを持たせるよう努めた。
「緑属性の魔法は、その『細胞』の一つ一つに、もっと活発に動け、もっと養分を作れ、と語りかけるようなものだと僕は思っています。セレスティアさんが『育つ』とイメージする時、その『細胞』の活動を最大限に引き出すように、魔力で補助しているのだと思います」
セレスティアは、俺の言葉を真剣な表情で聞き入った。彼女の瞳には、最初は困惑があったものの、「細胞」という未知の概念を懸命に理解しようとする光が宿っていく。
「植物が育つ仕組み……。理解はまだできませんがちょっと試してみます」
彼女は、苗木に手をかざし、目を閉じ、俺が説明した「細胞の営み」を意識して魔力を流した。
すると、彼女の手から放たれる緑色の光は、以前よりも、鮮やかで力強い輝きを放ったきがした。しかし、変化は以前と変わらない。
「うーん……。何か感覚を掴めそうな感じはしました。でも……」
セレスティアは何かを考えこむように沈黙する。
「僕の目からも、魔法の発動に変化が見られました! すごいですよ! ただ説明しただけなのにすぐに変化が現れるなんて」
「そうかな……。フレイアスト君はおだてるのが上手だね」
セレスティアは少し困惑したような表情をするが、別に俺はおだてようとしたわけではない。固定観念があるなかで、いきなり説明されたこの世界ではまだ提唱されていないわけのわからない理論を理解しようとする柔軟性は素直に感心した。それに、魔法の反応を見る限り、セレスティアはその概念を理解しつつあることが見て取れる。
「お世辞ではないですよ。セレスティアさんなら緑属性魔法を有用な魔法として確立することが出来る。緑属性の先駆者になれると僕は本心から思います」
「……ありがとう」
セレスティアは顔を俯かせ、ぽつりとつぶやく。
「フレイアスト君。君のその植物の知識と魔法に対する考え方はどこからきているの? 半信半疑で試してみたけど、君の言っていることは間違っていないような気がする。……でも、君の知識や考え方はちょっと特殊な気がして……」
「それは……。植物に関して帝国よりも進んだ知識を知る機会があって、魔法については、僕は落ちこぼれですから、何とかならないかと、違う視点で考えてみているだけです」
セレスティアの性格や境遇を考えると、俺の前世や経験。全てを話してしまっても問題はなさそうだと思ったが、伏せれるなら伏せておきたい。この回答ならば間違いを言っているわけでもないし……。
「そっか。……君はすごいね。私も落ちこぼれと言われて来たけど、それを受け入れて、目立たないようにこうやって日々、傷つけられない安全な植物相手に話しかけているだけ……。君のように何とかしようと思ったことはなかった……」
そう言ってセレスティアは少し寂しそうな表情を浮かべる。
セレスティアの気持ちは痛いほど分かる。俺はたまたま幸運に見舞われただけだ。前世の知識があり、魔王領で魔法の適性に気が付かなければ、それに、LPという規格外の存在がいなければ、俺だって落ちこぼれとさげすまれることを受け入れて、慎ましく生きていこうと思っていたかもしれない。
「それなら、セレスティアさんが僕をすごいと思ってくれるなら、僕を頼ってください。先程も言った通り、あなたはとてつもない可能性を秘めている。緑属性の可能性を開く人がいるならば、それはあなた以外にはいないと僕は思っています。ユーグライトという家名を持ちながら、ほとんど平民にしか現れない緑属性の魔法適性を持ち、高い柔軟性と理解力を持ったあなたは決して落ちこぼれではない。僕はあなたを全力で補助します。もちろんそれは僕にも利があるから。いや、それ以上に、僕はあなたが気になるから」
「え、わ、私のことが気になる⁉」
「はい」
そうだ、彼女の力は今の帝国を変え得る可能性を秘めている。彼女がどのような影響を及ぼすか非常に気になる部分だ。それは俺がこの世界の戦争を無くすための力に成り得るかもしれない。
「そ、そう……。わ、私も…ちょっと気になるかも……」
どうやら俺の言葉でやる気を出してくれたようだ。
「も、もっと知りたいなー。…なんて……」
「はい! もちろんです。僕に教えられることならなんでも。細胞についてもう少し詳しく教えましょうか? それか葉緑体や光合成のことについて説明しても?」
「……。お任せします……」
そうして俺はセレスティアに植生の知識を少しずつ教えていき、彼女も驚くべきスピードで理解を深めていった。
そして、彼女の手から放たれる緑色の光は、はっきりと、鮮やかで力強い輝きを放ち、苗木は、まるでその一瞬にして数時間分の成長を遂げたかのように、葉を勢いよく広げ、茎を太く伸ばし、瞬く間に若々しい花芽をつけ始めた。
それは、もはや「促進」の域を超え、生命の躍動を直接操っているかのようだった。
「すごい……こんなに、はっきりと……! 私の魔法が、植物の奥深くまで届くような感覚がします!」
セレスティアは、自分の魔法が起こした驚くべき変化に、喜びと感動で声を震わせた。彼女の表情には、それまで見慣れた自信のなさが薄れ、代わりに自身の才能への確信と、新たな可能性への輝きが満ちていた。
(これで、緑属性の真の価値が証明されれば、この世界は大きく変わる。そして、セレスティアの存在が、その変革の象徴となるだろう)
俺は、セレスティアの才能が花開くのを見守りながら、この世界の隠された真実を解き明かす鍵が、確かにここにあることを確信していた。
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