試行錯誤の日々
学園での授業が本格的に始まり、俺の日常は図書館と教室、そして補習クラスを行き来する日々へと変わった。周囲の貴族生徒たちが友人との交流や部活動に熱中する中、俺はひたすら、この世界の知識を貪欲に吸収することに時間を費やした。
授業の合間や放課後になると、俺は決まって図書館の奥まった席へと向かった。そこは、分厚い書物が天井まで積み上げられた、まるで知識の迷宮のような場所だ。
俺は「魔法理論の基礎」「属性魔法の歴史」「古代文明の文献」といった定番の書物だけでなく、人目につかない書架にひっそりと置かれた、一般的には非効率とされる古文書や、異端と見なされ歴史から抹殺された研究者の論文にも手を伸ばした。
書物を読み進めるたび、俺の頭の中では、前世の科学知識との比較検証が止まらなかった。
(この世界のあらゆる場所に満ちている『マナ』、あるいは『魔素』と呼ばれるエネルギー。教科書にはと漠然と書かれているが、どう考えても、それはもっと根源的なエネルギーの類だ。だが、なぜそのマナが、使い手の『イメージ』によって性質を変えるなどという曖昧な要素に影響される? もし本当にそうなら、それはあまりにも非効率で、不安定すぎるだろう。魔法陣や詠唱もそうだ。複雑な手順を踏むほど効果が高まるというが、俺の理論からすれば、それらは余分なプロセスでしかない。もっと根本的な、物理法則に近い何かが隠されているはずだ)
俺の脳内では、常に魔法を科学的な法則として再構築する思考プロセスが動いていた。書物に書かれた現象を、物理学、化学、情報科学といった前世の知識で分析し、そこに潜む「穴」や「矛盾点」を次々と発見していく。
許可された範囲ではあったが、魔力を測定する器具や簡易的な属性分析装置が置かれた研究施設も利用した。書物で得た知識が、実際にこの世界でどう働くのかを確かめたかったのだ。微弱な魔力を発動させ、その光量や持続時間を数値化する。他の生徒が実験に興じる中、俺は淡々とデータを収集し、自分だけの仮説を検証することに没頭した。その傍らには、誰もいない。俺の行動は、この学園ではあくまでも「異端」だった。
魔法実技の時間は、俺にとってある意味で最も厄介な時間だった。俺だけが『魔法適性なし』とされている補習クラスは、どこか諦めムードが漂っている。
教師も形ばかりの指導をしているように見え、他の生徒たちは微弱な魔力をなんとか操ろうと、額に汗を浮かべ奮闘するが、なかなか成果が出ない。
俺は自分の番が来ると、最低限の動作で魔力を放出する。それは、誰もが使うごく一般的な、光属性の魔法だ。誰にも指摘されない程度の、微かな光で実技の時間をなんとか乗り切る。だが、俺は周囲の生徒が発動する微弱な魔法や、教師の指導方法を冷静に観察していた。彼らのマナの流れ、詠唱時の呼吸、集中力の状態……一つ一つを分析しする。
俺にとっては全てが解析すべきデータであり、魔法とは神秘ではなく、単なる物理法則の延長線上に存在するものだった。
座学の授業では、貴族生徒たちが退屈そうに教師の話を聞いている。彼らは、与えられた知識をそのまま受け入れることに慣れきっているようだった。俺は質問をすることはなかったが、その思考は常に止まらない。
(例えば、この「基礎魔導理論」の記述。マナの偏在について、物質の密度や温度との相関は考慮されないのか? 俺の見解では第三魔法は特定の属性が他の属性には干渉していると思われる。それならばまだ未発見の属性結合の可能性もあるのでは? 彼らは、既存の枠組みから一歩も踏み出そうとしない。それは無知ゆえか、それとも、あえて知ろうとしないのか)
俺が授業中に発言することはなかった。だが、その静かな態度と、時折見せる深い思索の表情は、周囲の貴族生徒たちには「落ちこぼれのくせに生意気」「何を考えているのか分からない」といった視線や陰口を向けさせた。
教師もまた、俺の質問しない姿勢を「理解していない」と見なし、特に言及することはなかった。
しかし、それは俺がこの学園で、いかに「異端」で「浮いた」存在であるかを、日々際立たせるだけだった。




