日常の始まり
毎日19時頃投稿予定です。
オリエンテーションでの騒動を引きずるように、翌日からの学園生活が始まった。
朝、指定された教室の扉を開ける。ざわめきが満ちていた室内は、俺の姿を捉えた途端、一瞬だけ不自然な静寂に包まれた。
すぐにまた喧騒が戻るが、その中に混じるひそひそ話の音量は、明らかに増した。
「ほら、あいつがアトレイディスの……」
「魔法が使えないって噂の」
「しかも黒髪だろ? 気持ち悪い」
鋭い視線が肌を刺す。その中には、好奇心、軽蔑、そして微かな怯えのような感情が入り混じっていた。俺はそれを無視し、教室の隅、最も目立たない窓際の席に静かに腰を下ろした。俺の周囲だけ、小さな真空地帯ができたかのように、誰も近づいてこない。昨日以上に明確な壁がそこにはあった。
窓の外では、学園中庭の桜並木が、鮮やかな新緑へと衣替えを始めていた。若葉を照らす春の陽光は眩しいほどで、その生命力あふれる輝きが、俺たち「はみ出し者」の居場所のなさをかえって浮き彫りにしているようだった。この学園の華やかさは、俺のような異物にとっては、息苦しさでしかなかった。
最初の授業は、歴史学だった。講師は、帝立学園では珍しい平民出身の教授で、痩せた体に知的な光を宿した男だった。彼は教壇に立つと、退屈そうな貴族の生徒たちを一瞥し、感情を乗せない声で語り始めた。
「歴史とは、帝国の栄光と、それを築き上げた先人たちの偉業を学ぶ場である。選ばれし血統と才能を持つ者だけが、その真の意義を理解し、未来の帝国をより盤石なものにする礎となるのだ」
盤石なものにする礎か……。
貴族の選民思想に寄り添っている。だが盤石なものにする礎という実利的な響きが少し引っかかる。
講義が中盤に差し掛かった頃、教師はふと視線を俺に向けた。
「フレイアスト・アトレイディス。入試の回答、大変興味深く拝見した。君は、遥か昔の大戦、帝国が成る以前に起きた原初の争いの意義について、いかなる見解を持つか?」
まずい……。なぜか目をつけられているようだ……。
教室全体がざわめいた。貴族の生徒たちは俺への質問に驚き、好奇と嘲りの視線を向ける。教師が俺のような落ちこぼれにわざわざ問いかけるとは、彼らには理解できないだろう。
原初の争い……この世界の歴史の根幹にある、帝国と魔王領という二つの勢力の分かちがたい起源となった戦いだ。一般的には、光と闇、秩序と混沌の戦いとして語り継がれている。だが、入試で俺が書いたのは、それが単なる善悪の争いではなく、互いの「異なる特性」を理解できなかったが故の衝突であり、最も非効率で避けられたはずの悲劇であったという側面だ。
それを……、彼は「興味深い」と言ったのか?
俺は立ち上がり、静かに答えた。
「遥か昔の大戦は、互いの持つ異なる魔法適性と文化を理解し合えなかった、不毛な衝突であったと認識しております。数で劣る闇属性の使い手たちを『魔族』と蔑み、北の荒野へと追いやった行為は、短期的な勝利を得たかもしれませんが、長期的に見れば敵意と分断の種を蒔いたに過ぎません。本来であれば、互いの特性を活かした共存の道もあったはず。それを選択しなかったのは、不必要な排他的思想と、狭隘な優越感に囚われた結果です」
俺の言葉が終わると、教室は静まり返った。貴族の生徒たちは、信じられないものを見るかのように目を丸くしている。彼らが教えられてきた「正義の戦い」という美談を、俺は真正面から否定したのだ。
もう、どうにでもなれ。どうせ俺はこの学園では腫物扱いだ。
教師は一瞬、わずかに口元に笑みを浮かべたように見えたが、すぐに表情を引き締めた。
「……ふむ。非常に異端的な見解だな、フレイアスト君」
教師の声は、厳しく響いた。
「歴史を学んだ者が、そのような根拠なき感情論で過去を断じることは許されない。君の回答は、あまりにも現実と乖離している。選ばれし者として、より高貴な視点から歴史を見ることを学ぶべきだ。今後は、不用意な発言は慎みたまえ」
警告と共に、教師は俺を座らせた。
……やりすぎたか? 自暴自棄になって、調子に乗って正論を言い過ぎたかもしれない。
今後は、やっぱり目立たないようにすることを心がけよう。
授業が終わり、昼食の時間。
昼食は食堂で摂った。学園の食堂は広大で、活気にあふれている。だが、そこにも明確な境界線があった。中央の豪華なテーブルには、貴族の生徒たちが集まり、メイドが給仕するような特別メニューを囲んでいた。彼らは大声で談笑し、いっぱしの大人になったかのように振る舞う。
俺は貴族のテーブルから離れ、特別聴講生たちが集まる隅の席を探した。そこには、アストリアを含め、数人の特別聴講生の生徒たちが黙って食事をしていた。彼らは互いに積極的に会話するわけでもなく、ただ「貴族の視線から逃れるための避難場所」としてその場にいるようだった。俺もまた、その「比較的マシな選択肢」として、彼らの近くに席を確保した。
貴族席からの冷ややかな視線や、時折聞こえる「平民が」「落ちこぼれ」といった陰口が、食事の味を不味くした。隣に座っていた特別聴講生の少年が、小さく呟いた。
「……あいつら、露骨だな」
他の誰もが頷く代わりに、そっと重い息を吐き出す。この見えない壁は、学園の春の輝きの中で、かえって鮮明に見えた。
俺の隣には、アストリアが座っていた。彼女もまた、黙々とフォークを動かしている。食堂の喧騒の中で、彼女だけがまるで別世界の住人のように静かで、感情を読み取ることができない。
「俺たち、やっぱり浮いてるな」
俺がそう言うと、アストリアは顔を上げず、ただフォークの動きを止めただけだった。彼女の視線は、皿の上のシチューに向けられたままだったが、その瞳の奥に、微かな感情の揺らぎが見えた気がした。
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