翌日
毎日19時頃投稿予定です。
翌日。朝食を済ませた俺は以前の日課だった、ランニングを久々にすることにした。
屋敷を一周するコースだ。石畳の小道は掃き清められ、手入れの行き届いた庭園の草木は鮮やかな緑を湛えている。季節の花々が咲き誇り、その甘い香りが風に乗って運ばれてくる。噴水からは清らかな水音が響き、視界の隅々まで完璧に管理された美しさが広がっていた。
魔王領で暮らしてみて、やはり俺は恵まれた環境で育ったのだなということを改めて実感した。
魔王領は資源に乏しく、土地もやせ細っていて荒野が広がっている。
一方、アトレイディス領は、豊かな土地が広がり、広大な土地を持て余しているところだってある。食料は十分に行き渡り、農耕や畜産で供給も安定している。交易も盛んで、不自由に感じることはない。辺境のアトレイディス家がそうということは帝都付近はさらに豊かな暮らしをしていることが想像に容易い。
「おい」
う、……ジークだ。この展開は既視感がある……。
「何か用ですか? 兄上」
また手合わせをしろとか言ってくるのだろう。前回引き分けたことを根に持っているのか?
「俺は一時アトレイディス騎士団に入る」
「はい。それで?」
「お前はどうするんだ?」
「え?」
てっきりまた叩きのめしてやるとか言い出すのかと思っていたが、なんだ? 何が言いたい?
「どうするかと聞いている」
「僕を騎士団に誘っているのですか?」
「違う。まあお前がそうしたいならばそれでもいい。訓練と称して今度こそ再起不能になるまで叩きのめしてやる」
本当に何が言いたいんだ? 昔からそうだ。ジークは自分の考えが当然相手にも伝わっているだろうと考えている。だから話し方がややこしい。
「僕は……」
「お前は帝立学園に入れ」
「へ?」
「あそこで学び、俺の下につけ」
正直驚いた。以前の弟を目障りとしか思っていないだろう態度をとってきたジークが、俺を認めたともとれる発言をしている。
「適性なしの僕が兄上と同じ学園に入ることなど無理でしょう」
「フッ、その程度か。魔王領から単身帰って来たから少しは使えると思ったが、見込み違いだったようだ。それならそれでいい、俺の邪魔をするな?」
そう言ってジークは背を向けて立ち去ろうとする。
ギリ…
その背めがけて言い放つ。
「兄上! 僕は帝立学園に入学します!」
ジークは何も言わぬままそのまま立ち去っていった。
俺の言葉が、その傲慢な背中に届いたのかは分からない。だが、言い放った瞬間に、胸の奥で燻っていた何かが弾けたような気がした。
どこかの学園に通おうとは考えていたが、帝立学園は最難関だろうことが予想できる。
帝立と付くのはひとつしかない。カナティオ帝立学園。
帝国の名を冠する学園だ。そんな場所に、適性なしと判断された俺が、入学できるわけがないと、はなから諦めていた。
だが、ジークの言葉は、まるで俺自身の弱さを嘲笑うかのようだった。その苛立ちと、同時に湧き上がった反骨心が、俺の目を覚まさせた。
俺が成そうとしていることは、生半可なものじゃない。
限界を決めず、最善を尽くさなければ、何も変えられない。
俺はもっと強くなる必要がある。最難関であろうと、そこに挑む以外に道はない。
ジークが立ち去ってから、どれくらいの時間が経っただろうか。いつのまにか俺は思索にふけっていたようだ。
「……ジークハルト」
無意識に兄の名をこぼしていた。そこにどんな感情がこもっているのかは自身でも分からない。
庭の奥から聞こえていた鳥のさえずりが、いつの間にか止んでいる。
ゆっくりと呼吸を整え、熱くなった頭を冷ます。決意は、もう揺るがない。
「おい坊主」
「ギル伯父さん!? なんでここに!?」
「坊主が帰って来たって聞いて、居ても立っても居られななくてな。ジークを迎えにやる予定だったから俺がその役割を買って出たってわけだ。騎士団長ってやつは理由がないと前線から離れられないからな」
「伯父さん……」
「しかし、また兄弟喧嘩が始まるかと思ってひやひやしてたが、しばらく見ないうちにジークも成長したか?」
「……」
「それにお前。強くなったな?」
「え?」
「見ただけでわかるぞ。剣術だけなら俺といい勝負か?」
「本当ですか!」
「ああ、剣術だけならな」
「なるほど。やってみますか?」
「お? なんだ? 自信満々だな? だが、また今度な。さっきも言った通り忙しくてな……ジークを連れて早く帰らなきゃいけない。坊主が騎士団入りした時にたっぷり痛めつけてやるよ」
「はい! お願いします!」
「じゃあな。お前が元気そうでよかった」
そう言ってアトレイディス騎士団長であるギルバートは去っていく。
「嵐のような人だったな……」
あれほど忙しそうにしているのは初めて見た。最前線で何か動きがあるのか?
もしかしたら水面下で既に戦争が始まろうとしているのかもしれない。
いまのままでは、帝国の内情を事細かに掴むことは無理だ、やはり自身が力を付けなくては。
決めた。帝立学園に入学する。
ジークに言われたからではない。確かにきっかけではあったが、決めたのは俺だ。
帝国の内情を知るためにも、力を付けるためにも帝立学園が最善だろう。
~その夜~
俺は父に呼び出されて、執務室に来ていた。
「フレイ。なにか隠しているな?」
「え?」
「気が付かないとでも思ったか? 隠したいならばいいが、それによってアトレイディスに、ひいては帝国に害をなすようなことはあるまいな?」
父の視線が鋭い。
いままで感じたことのない圧を感じる。
これが帝国の辺境伯か。
「実は……」
何も明かさないのは無理だろう。
だが、何をしゃべればいい? 前世? 適性? 魔族との交流? 工場のこと?
いや、ひとつだ。……闇属性の適性があること。
これは父にいずれ聞かなければいけないことでもある。
今、覚悟を決めて聞くべきだ。
「僕には闇属性の適性があります」
「……知っている」
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