屋敷への帰還
毎日19時頃投稿予定です。
鬱蒼とした森を抜け、視界が開ける。遠くに見えてきたのは、見慣れたアトレイディス家の屋敷だった。白い壁と、赤い屋根が、記憶の中の姿と寸分違わない。
故郷に帰ってきたという実感と、同時に、これから起こるであろう面倒事を前に、重い溜息がこぼれた。
突然失踪した次男が帰って来たとなると、みんなどんな反応をするのか。
驚かれるのは間違いないだろうが、良く思われるのか悪く思われるのか……はたまた無関心か。
屋敷の使用人たちは無関心だろうな、一時話のタネになるだけで時が立てばただ世話をする人間が増えたとしか思われなくなるだろう。彼らにとって、俺は単なる「戻ってきた次男様」でしかない。
ジークはどうか? 間違いなく歓迎されないだろう。彼の顔を思い浮かべるだけで、胃の腑のあたりが重くなる。
母は? 相変わらず無関心か?
父は? わからない。喜んでくれるのか? そうだとしても本心ではないだろう……。
まあいい。どう思われようと関係ない。俺はアトレイディス家という力を利用する。
自分が生きている間、自分が守りたいと思った人がいる間だけは戦争を起こさせない。
俺は理想主義者で終わらない、現実主義で戦争を無くすと決めた。
屋敷の敷地内へと続く、重厚な鉄製の門が視界いっぱいに広がってくる。
「止まれ」
門に近づくと、武装した守衛が、警戒するような目で俺を睨みつけ、止められる。
「どこの者だ? アトレイディス家に何用だ?」
「フレイアスト・フォン・アトレイディス。帰還した。父のチェスターに伝えろ」
「なに? フレイアスト様を名乗るとは豪胆なガキだ。聞かなかったことにしてやるからさっさと引き返せ」
まあ森を抜けて来たばかりだ、こんな小汚いガキが貴族だとは思わないのは仕方がない。泥と枯葉で汚れたローブを見下ろしながら、内心で苦笑する。
「こちらこそ、その発言を聞かなかったことにしてやるからさっさと父を呼べ」
「生意気なガキだ。痛い目を見ないとわからないか?」
仕方ない。力ずくで突破するか。俺は姿勢を低くして相手の動きを待つ。
そこに。
「お、おいちょっと待て! フレイアスト様!? 本当にフレイアスト様なのですか!?」
遠くで騒ぎを見ていた衛兵が、駆け足で近づいてくる。
「このガキがフレイアスト様を自称している。しつこいから追い払うところだ」
「待て、早まるな! ちょっと来い!」
そう言って二人が俺から離れる。俺は彼らの背中を、静かに見守る。
「ちゃんと瞳の色を見ろ!」
「瞳の色?」
「霞色だろ? チェスター様と同じだ!」
「確かに珍しいがアトレイディス家だけではないだろう?」
「そうだが、黒髪だ」
「それがどうした。帝国では珍しいがゼロではない」
「ここまで言っても分からんか……」
呆れた。ばかばかしい。自分の出自の根拠が、こんなところで役に立つとは皮肉なものだ。
「おい。もういいか? 珍しい瞳の色に、珍しい髪色。偶然で済ませる気か?」
「……?」
「す、すみませんでした! こいつには後でしっかりと言いつけておきますので! どうぞこちらに」
理解していない守衛を置いて、あとから来た衛兵に連れられて屋敷の門をくぐる。
「申し訳ありませんでした。あいつは最近着任したばかりでして……」
「いい。当然の警戒だ、失踪した次男が戻ってくるなど思いもよらないことだろうしな」
彼の狼狽した様子に、ほんの少しだけ気分が晴れる。
「は、はい……。すぐに知らせて参りますので、こちらで少々お待ち下さい」
俺は応接室に通され、待機することとなった。
その際、紅茶や菓子を出してくれたメイドが、隠しきれない好奇心と、わずかな警戒が混じった訝し気な視線を俺に向けてきた。
メイドが部屋から出てすぐに事態を聞きつけて集まっていたメイドたちと話すのが聞こえてくる。
予想通り俺の帰還は使用人たちにとってはいい話のタネのようだ。
「はぁ……」
扉越しに漏れ聞こえる彼女たちのひそひそ話に、俺は思わず小さくため息をつく。
しばらくそのまま待機していると、扉が勢いよく開かれた。
「フレイアスト! お前か!」
真っ先に現れたのは意外なことに兄のジークハルトであった。
「兄上!?」
彼の顔には、驚きと……なんだ? 他の感情も見て取れる気がする。
「はい、フレイアストです。帰還しました」
「チッ。どこかで野垂れ死んでいると期待したが生きていたとはな」
「ご期待に沿えず申し訳ありません」
「つくづく口の減らない弟だ。まあいい、お前がいないと俺が領主になった時の引き立て役が減ると思っていたところだ。戻ったのなら俺の役に立て」
「……はい」
相変わらず自信家で傲慢な兄である。しかし、何か違和感がある。以前とは少し雰囲気が違うような……。
目の奥に、以前はなかったような光が確かに宿っているように見えた。
ガチャリ…
次に入って来たのは父と母だ。
「フレイ!」
父は驚きの表情を浮かべ、俺の名を呼ぶ。しかし、一度母に目を向けるといつもの冷静な顔に戻る。その顔には、一瞬の動揺すら見せない、鉄仮面のような無表情が張り付く。
母も同じく驚きの表情を浮かべていた。が、再び以前と変わらない無表情で俺を見つめてくる。その視線は、まるで感情を持たない人形のようだ。
「フレイアスト。説明をしてくれるか? 何があった? どこにいて、どうやって戻って来た?」
父からの質問に簡潔に答える。
「屋敷を抜け出して森に入ったところ、魔獣に襲われ、逃げるようにして魔王領にたどり着きました。魔王領の村で身分を隠し、機を見計らって帰還しました」
この答えがベストか? ルミナに救われたことや魔法の適性のこと、工場のことも隠したい。生きるために仕方なく魔族の振りをしていたと思わせればそれ以上の追求は避けられるはずだ。
顔色一つ変えず、淡々と言葉を紡ぎ出す自分がいる。まるで、もう一人の自分を見ているようだった。
「……そうか」
父は何かを考える素振りをしてそう答える。母と兄は驚いているようだった。
その後も質問攻めにあう。
……特にジークから。
なんとかはぐらかしながら質問に答えていき、一時間ほど経過したところで、父が質問攻めを打ち切り、休むように言ってくれた。
久々の自室に戻ると、屋敷を出た時とさほど変わらない状態だった。ただ、ホコリをかぶっていたので以前よりも上達した空間魔法で軽く掃除をしてベッドに横たわる。
「帰って来た……」
どっと疲れが押し寄せてきて眠気に襲われるがまま、すぐに眠りにつく。
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