リーゼ村での生活
巨大な熊型の魔獣が木々をなぎ倒しながら突進してくる。
そこへ……
「シャドウスパイン!」
グオォォ!
黒く鋭い棘が地面から無数に生え、巨大な熊型の魔獣に突き刺さる。
「レイ!」
「おっけー!」
ルミナの合図を受けて、ひるんで隙の出来た魔獣に一気に接近し片手剣による高速の四連撃を叩き込む。
熊型の魔獣。ゴルグベアと呼ばれるその魔獣は土属性の魔法による石のように硬い装甲で覆われており、剣戟でのダメージは皆無である。
しかし、ゴルグベアは連撃を煩わしく思ったのか、反撃に出ようと二足で立ち上がり、前足を大きく掲げて右前足を振り下ろそうとしてくる。
「くらえ!」
その動きを読んでいた俺はさらに距離を詰める、右前足の攻撃が届くギリギリをすり抜け、魔獣の心臓めがけて飛び上がり、勢いの乗った突きをお見舞いする。
グウゥゥ…
ドスンッという音を立てゴルグベアは地面に倒れ、息の音を止める。
ゴルグベアの主な攻撃手段は、その装甲と巨体を活かした突進攻撃がメインだ。そのため、鎧のような石の装甲は四足歩行状態では隙が少ない。
しかし、突進のスピードを上げるために体の内側の装甲は薄い。接近してしまえば二足歩行で立ち上がり前足で攻撃しようとしてくる傾向にある。その隙をついて一撃で沈めるのがゴルグベアの最も効率的な狩り方だ。
「やったね! レイ」
「ふう、でもまだ一人じゃ倒せないな……」
「何言ってんの。魔法使わずにここまで戦えるんだから十分よ!」
「魔法ね……」
俺は相変わらず魔法をうまく使えないでいた、適性があっても使えないんじゃ意味がない。
「なに落ち込んでんの? レイなら魔法もすぐに使えるようになるよ。私を信じて!」
「……わかった」
ルミナが励ましてくれる。
「レイが魔法を使えるようになったらきっと最強よ? ツヴェクトで、それも無属性なんて珍しい適性だって持ってるんだから!」
そうだ! 逆に考えよう、俺はまだ切り札を隠し持っているのだ! ルミナの、この底知れない楽観的な性格は俺にいつも元気をくれる。
「そうだな、ルミナの言う通りだよ」
「そうそう! さあ、ちゃっちゃとゴルグベア解体して持って帰るよ!」
ゴルグベアは巨体だが活用できるところは少ない。食べられる箇所は少ないし、石のような装甲だって加工できなければ使い道はない。
二人で持てるだけの肉と装甲の使えそうな部分だけ持って村へ帰る。
俺がこの村に来て一年以上経っただろうか? ルミナのことは最初、ルミナさんと呼んでいたが次第に姉のように思えてきて、自然とルミナと呼ぶようになっていた。
ルミナも俺のことを弟のようにかわいがってくれている。
そんなルミナと二人で暮らしながら狩りの仕方を教わり、獣や魔獣を狩って生活していた。
この村は作物が育ちにくい環境にあり、主に食料は狩猟によって賄っていた、この辺りでは普通の獣よりも魔獣の方が多く、魔獣の肉を食べるのが普通だった。
最初は抵抗があったが、他に食べるものがなかったので仕方なく食べた。意外と普通の獣の肉と変わらなかった。しかし、帝国では魔獣の肉を食べることは野蛮な行為だとされており、忌避されていた。
帝国。そういえば俺は帝国の人間だった。この村の方がアトレイディス領の屋敷にいるよりも気が楽だった。それ故に俺は帝国貴族のお坊ちゃまだったことを忘れかけていた。
ただ、帝国への帰り方は模索していた。一生この村で暮らしてもいいかと思うこともあった。しかし、まだ父やギル伯父さんに借りを返していない。それに俺は落ちこぼれではあってもアトレイディス家の次男なのだ、そんな俺が魔王領にいると知られれば家にも、この村にも迷惑をかけるだろう。
今の俺の心情的には一生このまま両者睨み合いを続けてればいいのにと考えていた。でもそういうわけにはいかないだろう……
以前よりもこの村に来る偵察の依頼の件数が増えているのだとか、もしかしたら魔王軍の上層部は帝国への侵攻を考えているかもしれない。
この村の人たちとアトレイディス騎士団が争うなど絶対に避けたかった。
そのためには、両陣営の動向をいち早く察知し、もし争いが起こるようなことがあるならば、それを何とかして阻止しなければならない。
互いに憎み合っている者同士だ、止めるものなどいないだろう……
俺に何ができるかは分からない、だが出来るだけのことはしなくては……
だから俺はいつまでもこの村にはいられない、アトレイディス領に戻ればここにいるよりも出来ることが多いだろうと考えた。
しかし、この村は辺境に位置しているためか、かなり閉鎖的で、ほとんど外部からの情報が入ってこない。そのため、帝国への帰り方がいまいちわからなかった。周辺の地理を教えてもらうも、かなり大雑把なことしかわからないのだ。
そこで、考えたのが偵察の依頼が来るのを待つことだった。
斥候の任務であれば国境付近まで行くことが出来る。ただし一つ問題が……、斥候の依頼を受けるには一人前と判断されなければならなかった。
一人前と判断される基準は曖昧で、一人で行動させても大丈夫だろうと判断されればいい。もっと分かりやすい基準を作ってくれとも思ったが、こんな辺境の小さな村ではそんなもの必要ないのだろう。
こいつは一人前だと村の多くの人に思わせればいいのだ。
その時がいつ来るのかは分からなかったが、気長に待とうと考えていた。
この村の人たちは帝国で伝え聞く魔族の印象とはかけ離れていて、むしろ暖かく、優しかった。
一方、アトレイディス領では俺が消えたところで騒ぐものはいないだろう。
だから気長に斥候の任務が来るのを待つことにした。
この村での生活は環境的に厳しかったが、充実した日々を過ごすことが出来ていた。狩りの仕方を教えてもらい魔獣を相手にしていたことでかなり鍛えられた。
そして、魔法の使えない俺は遠距離攻撃として弓矢の使い方を教わっていた。
弓など、魔法が使えるこの世界ではほとんど使用されることはなかった。しかし、この村の男たちは食料事情のために攻撃魔法が使えない者でも狩りを行う。そのため、少数ではあるが弓を使う者達がいた。遠距離攻撃の手段がない俺も弓を習うこととなった。
意外と弓は強力で、何よりもその射程の長さと静音性が魔法にはない部分だと思った。この世界で暗殺をするならば最強の部類なのでは? 魔法に対する対策は行っているだろうが弓はこの世界では超マイナーな武器だ、対策など行っていないだろう。
しかし、魔獣相手には効力射を与えることは難しく、その用途は魔獣に対する牽制や撹乱といったものであった。
そこで俺は、魔法で矢を操作しようと考えた。矢の軌道をコントロールすることが出来ればかなり攻撃の幅が広がると思ったのだ。しかし、放たれた矢を操作するにはかなりの集中力を要した、それに俺の使える魔法の射程よりも矢の方が遥かに長く、着弾の直前で操作するということはできなかった。
ただ、少しだけ軌道を変えることはできる、だが威力は落ちる。よって、当初の使用用途からかけ離れた効果は期待できず、しかしながら撹乱目的ではその地味な魔法が意外と役に立つ、という微妙な評価だった。
次に矢ではなく弓の方に魔法を使うのはどうかと思いつき、いろいろ試してみた。強力な一撃が放てるのではと期待したがこれも無理だった。唯一使えそうなのは、自分から少し離れた場所にある弓と矢を魔法で遠隔操作して矢を放つというものだった。
しかし、引き絞る力が弱く、威力が低いうえに射程距離も短い。これまた注意を逸らすくらいの地味な使い方しかできなかった。
ただ、俺は高い身体能力とスピードがあるのでレンジャーには向いていた。弓を使う者たちはレンジャーと呼ばれ、弓による遠距離狙撃や隠密行動、地形を利用した戦術が得意でその戦闘スタイルから学べることは多かった。
大きな魔獣を狙った数人での狩りでは、俺は素早い動きと地形を利用した戦法を使い、奇襲による一撃を与えては離脱するという遊撃として活躍していた。
そんなこんなですっかりリーゼ村の一員となった俺は一人前と認められるべく狩りで活躍を重ねているのだった。
そんなある日ついに斥候の依頼がくる。
「レイ…。ほんとに行くの?」
「この時をずっと待ってたんだ、村長も許可を出してくれた」
「でも……レイが行く必要はないよ、私が代わりに行ってくる」
「ルミナは待ってて。いつもお世話になってるからその恩返しでもあるんだ」
「そんなこと気にしなくていいよ! やっぱり行っちゃだめ!」
「どうしても行きたいんだ! それに、心配しなくても大丈夫。前より強くなったからさ」
「レイ……絶対に帰って来てね? 約束よ?」
「……心配しないで」
帰ってくると約束できなかった。俺はアトレイディス領に戻ろうとしているのだ、もし今回の偵察任務で帰れそうと分かればこの村には戻らずにそのまま帝国に帰ろうとも考えていた……
ルミナに本当のことを告げるのが怖かった。俺が帝国の人間であることを伝えればどうなるのだろう? 変わらず接してくれそうな気もするが、ここまで騙すように黙っていたことが後悔される。
勇気を出して早く伝えておけば……
こんな消えるように別れをする必要はなかったのかもしれない……
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