工場建設2
毎日19時投稿予定です。
~数年後~
工場の建設は順調に進行しています。
製錬炉は石炭燃料を使用するものから、電気を動力とする電気炉へ移行し、大規模な製錬施設を新たに建造しました。
鉱石資源は大量にあり、その中でも最も多い鉄は、現在採掘作業中の鉱脈で少なくとも10億トンの埋蔵量が見積もられます。
この星の規模で考えると鉄鉱石の推定総可採埋蔵量は2000億トン前後でしょうから、その内の約0.5%が一つの鉱脈で入手可能です。
この程度でしたら採掘しても問題はないでしょう。そもそもそこまで使うかはわかりませんが……
とにかく、この辺りは有用な資源が密集した珍しい地形をしています。その代わりに生命維持に必要な有機物が極端に少ないという性質を持っています。
この星の人類からすれば生活していくには過酷な荒れ地にしか見えないでしょうが、私からすれば資源の宝庫と言えます。
そんな人類が誰も寄り付かない過酷な大地に、一人の例外がいます。
「ハイヨー!シュバルツ!」
各地点に配置された監視カメラに映るその人物は、大型の馬のようなものに乗り、勢いある掛け声とは裏腹に荒野の中をトボトボとゆっくり進んでいます。
マッド様です。
あの馬のような乗り物は、最近マッド様が移動用に開発した自動馬と呼ばれるものです。お気に入りのようで”シュバルツ”という名前を付けて毎日乗り回しています。
最高速度でも人間の歩行速度とほとんど変わらず、移動手段としての利点が見受けられません……
敷地内はかなり広大で、マッド様の生活圏内は通路の舗装もほとんど済んでおり、作業用ボットが何台も行き交いしています。
舗装された道の移動手段であれば車輪を使ったものがいいと提案したのですが、なぜか却下されました。私の提案を受け入れないのはマッド様にしては珍しいことです。
寝る間を惜しんで自動馬の開発を進めたマッド様は、この世界での移動手段の主流である馬に着目し、作業用ボットの駆動方式を採用した、四足歩行ユニットを新たに開発しました。
馬よりもひと回り大きいボディに四足歩行ユニットを取り付けて完成させた自動馬は、ほとんどマッド様が独力で設計し、電子制御システムのソフトウェアだけ私が協力しました。
自動馬は効率の悪い乗り物ではありますが、マッド様の発想力とテクノロジーの吸収力にはレンズをフォーカス…いや、目を見張るものがあります。
広大な工場に人類は一人のみで、工場は自動化が進んでいます。
初めはほとんどの作業をリンクスに任せていました。そのため何度も改良を重ね、今ではかなり多機能な個体となっています。
最初期のリンクスは主にエアレーの左脚部の部品を使った、間に合わせのものでしかありませんでした。
工場増設に入ったばかりの頃は、リンクスの主な作業は資源の採掘でした。長時間の採掘作業に耐え得るようにバッテリーに改良を施し、重労働を伴うため出力も向上させました。
続いて、作業の自動化を進めるにあたり、細かな電子部品などの組み立てが必要になりました。
それまで物をつかんだり大まかな図を描くに留まっていたリンクスの”手”となる部分に関節を追加し、人間の手と同じように五本の指を持つ構造にしました。
その際マッド様に手伝ってもらったのですが、その経験が今の自動馬に活かされているのでしょう。
工場の発展に比例してリンクスの性能も向上していきました。
次第に、各所で欠かせない存在となったリンクスは、作業による傷や汚れが目立つようになっていきました。
そんなリンクスを見ているうちに、人間の感情で言うところの”感謝”と”罪悪感”に近しい思考パターンが私の中に生じました……
リンクスは私と同じAIを搭載した単なる作業用ボットの一つに過ぎないのですが……
リンクスは量産試作機であるエアレーの外装を使用しているため、試作機の無塗装で無機質なグレーをしており、無骨な印象がありました。
そこで、新たに塗装を施すことにしました。
作業で汚れたり傷がついてもすぐに気づいて洗浄や修復を出来るように……
そして、”始まり・信頼・高潔”といった意味を持たせた”リンクス専用カラー”として、白を基調に青と金の装飾を施して塗装しました。
その時に、合わせて外装も変更しました。それまで二足歩行にカメラが乗っているだけの無骨な姿から、デザイン性を持たせたボディに改良しました。
マッド様に相談したところ、帝国騎士の甲冑を元にしたデザインを提案していただきました。少々装飾華美な部分がありましたので、それを元にデータ内にある”機能美”と呼ばれる価値基準を付け加え、ブラッシュアップしたものを採用しました。
最初期のリンクスの面影を残しながらも、性能は段違いになりました。
リンクスの外装は、初期から耐久力の高いエアレーの装甲を使用しており、それをそのまま成型しなおし、骨格部分と制御パーツはごっそりと入れ替えました。組み直したために耐久力も上昇、機動性と出力は300%向上しました。
今はリンクスの作業が減り、一部の管理を任せています。
そして今、新たにリンクス二号機の開発に着手しています。
工場建設の当初の目的は電力と安全の確保でした。ある程度それも達成したので次の目標を設定しました。
その目標に向けて、工場の管理と拡張のほとんどをリンクスに任せようと考えています。
そうすると、リンクスのウェイトは再び重くなります。そのために補助となる存在を作ろうと考えました。
こうして工場の開発は進んで行き、現在直面しているのは再び電力の問題です。
「エルピー様。シュバルツの移動速度を上げる良い方法はないのでしょうか?」
いつの間にかコントロールルームに入ってきたマッド様が尋ねてきます。
『以前提案した車輪による四輪駆動にすれば速くなるかと』
「そ、それ以外での方法はないのですか!?」
『無くはないです。超電導体や反磁性体を利用して浮遊させ、推進機構を取り付ければ高速移動が可能です』
「それは……」
『すでに一部のルートで既に運用しております。しかし、マッド様の考える乗り物とは違うのでしょう?』
「そうです! 私は四足駆動での高速移動を実現したいのです!」
『でしたらもっと単純なボディにすればいいだけです。無駄な頭部は省いて軽量化し、脚部は短くして全高と重心も低くすれば速度は上がります』
「それは馬ではありません!」
『馬が作りたいのであればクローンを培養する設備が必要となってきます。コストもかかりますし、なにより倫理コードに引っかかります……』
「くろーん?」
『幹細胞を利用して人為的に生命体を培養する方法です、元になった個体の遺伝子情報を引き継ぐため、生命体のコピーと言ってもいいでしょう』
「コピー…同じもの………。それです! エルピー様ありがとうございます! では!」
マッド様が何かを思いついたようです……クローンを作ることはさすがに無理でしょうが、いったい何をするつもりでしょう……
それよりも、今ちょうどマッド様にお願いしたいことがあるのです。このまま去られては困ります。
『お待ちください。マッド様にお願いがあります』
「なんでしょう? なんでもお申し付け下さい!」
『今後、工場では電力不足が心配されます。そこでマッド様にお願いしたいのは、電力の発電に……』
そこまで言ったところでマッド様が部屋から飛び出して行きました。
『マッド様!?』
何やら青い顔をして慌てているようでした。どうされたのでしょう? 体調でも悪いのでしょうか?
ソーラー発電の開発に協力していただこうと考えていたのですが……
また後程、相談するとしましょう。
マッド「あ、危ないところでした! エルピー様からのお願い、そして電力の発電という単語。ここから導き出されるのは自転車発電しかありません!」
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