兄弟喧嘩
毎日19時投稿予定です。
目を覚ました俺は顔を洗って朝食をとり、外に出て日課のランニングをする。
屋敷の周りをぐるっと一周するコースだ、伯爵家の屋敷の敷地は立派なものでかなり広い。小さな池があったり、庭園があったり、屋敷の裏手には雑木林もある。
とにかく景色豊かで、朝露が日光に照らされてキラキラと輝く。
そんな中、爽快な気分で走っていると……
「おい」
兄のジークハルトに呼び止められる。久々に帰ってきた兄は早々にちょっかいをかけてくる。
「何ですか? 兄上。今少し忙しいので、手短にお願いします」
日課を邪魔されて、ついふてぶてしく返してしまった。
「次期当主である俺に向かってその態度とはいい度胸だな?」
ジークは引きつった顔で額に青筋を浮かべている。怒らせてしまった……こうなると面倒くさい。
ことあるごとに俺にちょっかいをかけてくる兄に、俺からはできるだけ関わらないようにしていたのだが、あっちの方からやたらと突っかかってくる。
「何か用ですか? 兄上」
「俺はもうじき帝都に戻る。そうなるとお前にまたしばらく会えない。今のうちに兄としてお前に魔法の教育をしてやろうと思ってな」
「いえ、結構です。では失礼します」
「まて!」
そう言って木剣を俺の足元に投げてくる。
「お前も兄と離れることになってさみしいだろう? 少し会えなくなる弟に、兄として何かしてやれることはないかと思ったんだ。俺には魔法くらいしかお前に教えてやれることはない、直接その身に教えてやるからかかって来い!」
無理やりすぎる。要するにこういうことだろう、気に入らないからボコボコにしてやると。
適性魔法のない俺に対して、教育と銘打った一方的な殴り合い。
まだ二人とも学園も卒業しておらず成人もしてない、ただの兄弟喧嘩だ。万一ケガをさせても事故として処理できるだろう。
あわよくば大ケガをさせて、いずれ来るかもしれない当主争いの座から蹴落とす。
考えすぎか? なまじ前世の知識がある分、何かと考えすぎてしまうクセがある。
だが、ジークがそこまで考えているならば大したものだ。我が兄は狡猾なようで貴族の素質としては必要な要素の一つだろう。
しかし詰めが甘い、俺側にその誘いに乗る理由がない。ジークとしては、兄の言うことなのだから当然従うだろう。くらいの考えなのかもしれないが……
まあ今回はその誘いに乗ってもいい。断ってあとから陰で何かされる方が怖い。
「わかりました。兄上。ご教授願います」
「いいだろう。手合わせは木剣での勝負だ、決闘のルールでやろう。どちらかが降参するか戦闘不能になるまでだ」
決闘のルールにはもちろん魔法の使用も含まれる。こんなジークもアトレイディス家に名を連ねるもの、魔法の技術はかなり優秀な方だ。
見物者は誰もいない。ジークは意図して人の目につかない場所を選んだのだろうか?
俺を再起不能になるまで痛めつけるために。
「準備はいいか?」
どうしよう……勝ってもいいのだろうか?
水属性の適性があるアトレイディス家の次期当主である兄が、無適性の落ちこぼれの弟に負けたとなればどうなるのだろう?
だれも見ていないから大丈夫か?
だが、プライドの高い兄のことだ。人知れず弟に負けたとしても、その後の俺への仕打ちは激化するかもしれない……
わざと負けたふりをして兄に花を持たせるべきか?
しかし、ジークは多分、俺にケガを負わせたいのだろう、何かを企んでいるはずだ。痛いのは嫌なので避けたい。
適当に圧倒されたフリをして降参を宣言する。勝つより難しそうだがそうするのが一番いい。
「準備できました。お手柔らかにお願いします」
俺は木剣を正眼に構えて、腰を落とす。間違いなく開幕は魔法での遠距離攻撃だろう。とりあえずは回避に専念だ。
「多少剣術が上手いお前でも魔法の前では無力だ。精々あがいてみせろ!」
ジークはニヤニヤしながら木剣を持ってない方の掌をこちらに向け、ウォーターボールを続けざまに放ってくる。殺傷能力は無いに等しいものの、牽制としてはかなり優秀だ。
当たってしまえば水圧で体制を崩して大きな隙ができてしまう。かといって回避に専念していると、いつまでも距離を詰められない。適正魔法がない俺には防御手段がなく、剣ではじき返すこともできない。
ただ……本気を出せばすで勝っていた。魔法の発動がまだ遅い、初手で一気に間合いを詰めればいいだけである。
しかし、俺は圧倒されて降参しなければならない。どうしたものか……
とりあえずウォーターボールにわざと当たってみるか? 隙だらけになればあちらから距離を詰めて木剣で止めを刺しに来てくれるだろう。
「うわー」
わざとウォーターボールに当たった俺は棒読みで叫びつつ盛大に尻もちをついた。そこに……
「フォーリングウォーター」
頭上から滝の様に大量の水が降り注ぐ。読み間違えた! 水圧で立ち上がることができない。呼吸も難しく、このままでは溺死する。
ちょっと本気で抜け出さないとヤバい。
そう思っていたらすぐに解除された。ジークの方を見るとニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべている。
こいつ、とことんいたぶるつもりだ。
「どうした? フレイ。この程度で降参なんてしないよな?」
ジークの攻勢一方だが、まだ俺はほとんどダメージも受けていない。釘をさされてはこの程度じゃ降参もできない、悪知恵が働くやつだ。
やはりジークは貴族に向いてそうだ。
こうなればこちらから接近戦に持ち込んで、さりげなく負けるしかない。ただ剣術では俺の方が上だとジークも理解している。どうやって負けを演出しようか……そう考えながら次々と迫ってくるウォーターボールを最小限の動きで回避していく。
そうだ! 接近戦でわざと大技を放つ瞬間に足を滑らせて空振る!
幸い兄の魔法で地面に水たまりができている。木剣を打ち合いながら水たまりまで誘導して、盛大に空振る! そこにジークの一撃を食らって降参。完璧だ。
迫りくるウォーターボールをかわしながら徐々に距離を詰める。近づくにつれて弾幕が激しくなるが全てを最小限の動きでかわしていく。
「くっ、なんだその動きは!? 来るな!」
ジークが何かしら叫んでいる。どうせ俺に対しての罵詈雑言だろう。
接近戦の間合いまで近づいた俺は水たまりまで誘導するようにジークと斬り結ぶ。
「……な、なんだ。お前の剣術もその程度か? 一撃も食らう気がしないな」
それはそうだ、一撃も入れようとしていない。ジークは余裕の笑みを浮かべていた。
よし、そろそろか?
水たまりに片足を突っ込んだ俺はジークの剣戟を一度跳ね返し、上段に構えた木剣を勢いよく振り下ろす……とともに足を滑らせたフリをして盛大に空振る。
そのすきを見たジークがニヤリと笑って俺のがら空きになった背中に一撃を食らわせる。素直に痛い。
体制を立て直して俺は降参と言いかけたところ。
「ウォータースフィア」
俺の頭を覆うように水の球体がまとわりつく。これでは声を発することができない!
こいつ、ここまで悪巧みをしてやがったのか。正直ジークのことを侮っていた。
「まだまだ。終わっていないぞ」
そう言ってジークが俺に斬りかかってくる。目の前に水がまとわりついているため視界もぼんやりとしている。
何とか攻撃をいなすも、距離を離せないでいた。
次第に息が続かなくなってきた。これはまずい! さすがのジークも窒息死まではさせないだろうがこのまま脳に酸素がいかなければ致命傷が残るかもしれない……
意識がもうろうとし、握っていた剣が手から離れる……
眼前ではジークが大上段から渾身の一撃を繰り出そうとしている。
まずい。この攻撃は防がなければ!
ガキンッ!
ジークの攻撃が何かに防がれた。
驚いたジークは魔法を解除する。
俺も驚いていた。
木剣が宙に浮いて攻撃を防いでいたのだ。どうやら俺は手から離れた木剣を無意識のうちに無属性魔法で操作していたのだ。
「そこまでだ! おまえら!」
たまたま通りかかったのだろうギル伯父さんが止めに入った。
「おまえら兄弟喧嘩もほどほどにしとけ? ジーク、今の一撃は確実にフレイにケガをさせる威力だったぞ? 熱くなるのはいいが加減というものを知れ!」
「ふたりとも今日は自室に戻って反省していろ!」
本気で怒っているのであろうギル伯父さんの剣幕はすさまじかった。さすがは騎士団長。その圧に気圧された俺たちは謝ることしか出来なかった。
「「すみませんでした!」」
自室に戻った俺はさっきの手合わせで最後に操作した木剣を眺めながら考える。
どうしてこの木剣でジークのあの一撃を防ぐことが出来たのだろう? 確かに無属性魔法は物体を動かしたり浮かせたりすることはできる。
ただ、あくまでそれは生活魔法に分類されるもので、対象となる物体が重すぎると浮かせることは出来ない。せいぜい数センチ動かすくらいだ。
普段俺が操作しているのは服とか箒とか、あまり重量がないもの。木剣と箒はそこまで重量的には変わらないかもしれないが、箒の操作は地面を掃いて塵を集めることだ。完全に浮かせているわけではないし動的エネルギーも少ない。仮にいつもの要領で箒を操作して木剣を止めようとしても軽くはじき返されて終わりだ。
対して今日のあの木剣は完全に浮遊していた、さらにいえば俺に致命傷を与える威力を相殺するほどの動的エネルギーを有していた。これは常識的にはありえない。
生活魔法に過ぎない無属性魔法を、攻撃に転用したという事例は俺の知る限りでは存在していない。
もしかすると、俺は無属性魔法に長けている?
言うなれば無属性適性……?だがそんな適性が存在するのだろうか? 俺は適性なしと判定されたのだ……
試しに目の前に置いてある木剣を操作してみる。
少しだけ浮き上がった。が、そこまでだ。ノロノロと動かすことしかできない。
「あれは極限状態に陥ったことによる火事場の馬鹿力みたいなものか……」
しかし、使えたことは事実なのだ。このまま鍛錬を続ければいつかは自在に扱えるようになるかもしれない。
上手くいけば遠距離魔法に対しても何かしらの対策ができるかもしれない。
そうとなれば練習だ!
この間掃除したはずなのに何故かもう、汚部屋になっている。
いつものようにベッドに寝転がり。その辺のものを操作して散らかった部屋の片づけをはじめる。
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無属性適性? 矛盾する響き……