10歳に
毎日19時投稿予定です。
俺は10歳になった。屋敷での扱いは相変わらずで俺に積極的に関わろうとしてくるのは剣術を教えてくれる伯父である騎士団長のギルバートくらいだ。
しかし、めでたくジークが帝都の学園に入学したので、煩わしかった日々のちょっかいがなくなった。
今は剣術の鍛錬中だ。どうやら俺は適正魔法がない代わりに運動神経がいいようだ。
ギル伯父さんに鍛えられて、剣術はメキメキと成長していた。剣術だけならそこらの騎士に勝つこともできる。伯父に言われて一度アトレイディス騎士団の騎士何人かと剣術のみで手合わせしたが、得意の瞬発力とギルバート直伝の剣術も相まって勝つことだってできた。このまま成長すれば剣術だけなら帝国一にだってなれるかもしれない。そう、剣術だけなら……
本場の騎士に魔法を使われれば手も足も出ない。
しかし、諦めない。幸い、環境に恵まれているのだ、有効に活用して最大限強くなる。
何より、適性なしの俺をここまで面倒見てくれる父と伯父のためにも頑張らなくては。
「フレイ、強くなったな。だがまだまだこの程度じゃダメだ。降り注ぐ魔法を剣ではじき返すくらいにはなれよ?」
冗談っぽくギル伯父さんが無茶を言う。多少は可能なのかもしれないが戦場で無数に飛んでくる様々な属性の魔法を、防御する魔法も無しにすべて防ぎきるなど不可能だろう。
「適性魔法がないお前は魔王軍と戦争になれば、なすすべなく死ぬだろう。将来は俺の副官になれ、アトレイディス騎士団は間違いなく最前線だが、俺のそばにいれば少なくとも俺が守ってやる。そのために実力で副官の座を取りに行け」
「わかりました。頑張ります!」
魔王軍との戦争。今のところは起こりそうもないがいつ何が起こるかわからない。このまま俺がアトレイディス家でいるためには騎士団入りが条件だろう。
そうなると前線行きは免れない。伯父さんの申し出は素直に嬉しかった。
しかし最近は、家を出て冒険者になろうかとも考えていた。
この世界には魔獣と呼ばれる生物が存在している。帝国では魔獣による被害が相次いで報告されている。
魔獣により商隊が襲われたり、村に群れが襲ってきたりなど。それらの魔獣退治を引き受けたり、世界中を旅して、新しいもの、珍しいものを探したり。ダンジョンや遺跡を踏破して宝を見つけたりと、夢のある仕事である。
相手が魔獣であれば、適性魔法がない俺でもパーティを組めば前衛として活躍できるだろう。
騎士団に入るにしろ、冒険者になるにしろ、とにかく強くならなくては。
「最後にもう一戦だけ手合わせをお願いしてもいいですか?」
「おう。いいぞ、全力でかかってこい」
俺はいつものスタンスで腰を落として右手に木剣を持って構える。日々の鍛錬で身に着けた攻撃力や防御を捨て、先制攻撃するためだけに特化した構えだ。
対するギルバートは正眼に木剣を構える。以前と比べて少しは俺の剣術も認められたらしい。
得意の瞬発力で一気に間合いを詰める。ギルバートは、いつもの先制攻撃が来ると読んだのか踏ん張れるように少し足を広げて腰を落とす。
俺はそのままの勢いでスライディングして股下を潜り抜け立ち上がると、勢いよく振り返りながら遠心力の乗った水平斬りをお見舞いする。
取った!
……と思ったが木剣は空を斬り、俺の首筋には寸止めされたギルバートの木剣があった。
何が起こったのかわからなかった。一度も見せたことがない技で完全に不意を突いた攻撃だったはずだ。
「驚いた、今のは良かった。すまん、大人げなく咄嗟に魔法を使っちまった。今の剣術勝負は俺の負けだ」
「僕の勝ち……ですか?」
「そうだ、お前の初勝利だ。すまんな、納得できないだろ? だがお前は間違いなく強い。まだまだ鍛えてやる、お前の納得いく勝利をするまでこれからも付き合ってやるよ。とは言え今日はここまでだな。また明日からはさらに厳しくいくからな」
「わかりました!」
”間違いなく強い”か……。確かに成長している実感はある、でもさっきの試合で何が起きたのか全くわからなかった。今の俺では本当に強い魔法使いには手も足も出ないのだろう。やっぱり俺は適性なしの落ちこぼれなのだろうか……
~その夜~
俺は晩飯を一人で食べていた。昔は家族全員で食事をすることが多かったのだが最近はそれが減ってきている。
父は何やら忙しいようで、執務室で食事をすることが増え、兄のジークハルトは学園にいて屋敷にはいない。そうなると、俺のことを無視し続ける母のマーシャも必然的に俺と食事の時間をずらす。
ギル伯父さんは気を使っているのか、別邸で暮らしていて屋敷で食事をすることは滅多にない。
別にそれがどうということはない、むしろ一人で食事をする方が気が楽でいい。
食事を済ませて部屋に戻ろうと、廊下を歩いていると母のマーシャとすれ違う。
「母上……おやすみなさい」
やはり無視である……と思ったが。
「ジークが一度帰ってくるわ。そうしたら私も一緒に帝都に行きます。もう会うことはないでしょう」
珍しく口を聞いてくれたと思ったら別れの言葉だった……
別に気にしない……母がどうしようと、どう思われていようとも俺には関係ない。関係ないのだ……
部屋に戻ってすぐにベッドにダイブする。
「はあ……」
なんとなく何かしないと落ち着かないなと思い、また汚部屋となってきたので掃除をしようと思い至る。
いつものようにベッドに寝ころんだまま、魔法でカゴに服を放り込んで、箒を操作しゴミを集め、雑巾を操作して、ちょっとだけ使えるようになった水属性魔法で水に濡らして絞り、拭き掃除をする。
チリ取りにホコリを集めて、ゴミ箱にゴミと一緒に放り込む。ついに届くようになったドアノブを操作して扉を開けて、洗濯カゴとゴミ箱を廊下に放り出す。こうすればあとは使用人がやってくれる。
無属性魔法で物を操作することは結構好きだった。他の人は近くに物を寄せたりするくらいしかしないが、なぜこんなに便利なのに積極的に使わないのだろうか?
まあ普通に自分で動いた方が早いからか? いちいち魔法を使うものでもないという感覚なのだろう。
前世の知識がある俺的には火を点けるのも、水を出すのも、風を吹かせるのも、デバイスに触れさえすればできることだ。いくら前世の世界がテクノロジー的にこの世界よりも数段優れているとはいえ。なんでも簡単に手を触れずに操ることなんて出来なかった。
何かを操ることが好きなのはパイロットの性か……ん? パイロット? 何か引っかかる響きではあるが何も思い出せない。
まあいいか。やることはやったし本でも読んで寝よう。本棚にある適当な本を操作して、寝ころんだまま顔の前に持ってきてページを半自動的にめくる。本を読んでいるとウトウトしてきた。
「いてっ!」
いつの間にか眠っていたらしい。顔の上に浮かべていた本が、魔法の操作が切れてドサッと顔面に落下してきた。
「これよくやるんだよな……おとなしくもう寝よう」
そうして枕元に本を置いて布団を被って眠りにつこうとするが、母のことが気になっていた。
俺が嫌われている理由はなんとなく気づいていた。
”黒髪”であるということ。
この世界では黒という色は忌み嫌われる色らしい。理由は二つある。魔族に黒髪が多いことと、魔族の中には強力な闇属性魔法を使う者が存在するということ。
さらに、そこから俺は気付いてしまった。
アトレイディス家には黒髪はいない。貴族に、忌み嫌われる黒髪の血を入れようなどとは思わないだろう。母のマーシャの家系もおそらくそうだ。
なのに黒髪の俺が生まれた。この世界でも髪色は遺伝する。
だとすれば、俺は父か母のどちらかが他の相手との間に産んだ子なのだろう。そしてそれは恐らく父の方だと考えている。
母が俺に対して無視を決め込んでいるのは、父との間の子ではないからだと思うと納得できるところもある……
「母上……」
無自覚にそう呟いていて自分でも驚いた。どちらの母に対する言葉なのだろう……自分にも分らなかった。
父は尊敬しているが謎が多い人でもある。
俺にまだ隠していることがあるのだろうか……
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