生徒会室にて
毎日19時頃投稿予定です。
生徒会長選挙の結果が発表された翌日。学園中が、まだ昨日の公約宣言と、その後の僅差の選挙結果の話題で持ちきりだった。平民の特別聴講生たちの間では興奮が冷めやらず、貴族の生徒たちの間には、戸惑いや、一部では納得できないというざわめきが広がっていた。
俺は、ユーリ生徒会長からの呼び出しを受け、生徒会室の重厚な扉の前に立っていた。扉の向こうに、彼がどんな顔でいるのか、どんな言葉を投げかけてくるのか。代理戦争の真の結末が、今、ここで明らかになる。
ノックをすると、「入れ」という簡潔な声が響いた。
生徒会室の中は、いつものように整然としていた。窓から差し込む朝の光が、磨き上げられた机と、その奥に座るユーリ・フォン・リヴァルトの姿を照らしている。彼は、すでにいつもの完璧な生徒会長の顔に戻っていた。彼の隣には、新生徒会長となったセレスティアの姿はない。
「来たか、フレイアスト」
ユーリは、冷たい響きの中に、わずかな疲労を感じさせる声で言った。彼の表情からは感情は読み取れないが、どこか深い思索の跡が見て取れた。
俺はユーリの向かいの椅子に腰掛けた。互いに何も言わず、数秒間の沈黙が部屋を満たす。この沈黙は、激戦を終えた後の、互いのプライドと疲弊、そして認識の変化を物語っているようだった。
やがて、ユーリが口を開いた。
「生徒会長選挙の結果が出た。……セレスティア・ユーグライト侯爵令嬢の、僅差での勝利だ。」
彼の言葉には、いかなる感情も混じっていなかった。まるで事務的な報告のように、淡々と告げられた結果。だが、その背後に、彼がこの結果をどう受け止めているのか、その複雑な感情が透けて見えるようだった。
「ご存知の通り、私の推したアルバス・フォン・グラインは、学園の秩序維持と実力主義の推進において、現時点での最適解を示したと自負している。だが、貴殿が彼女に見出した『緑属性魔法の可能性』、そしてその言葉は、一部の生徒たちの心を掴んだようだ。特に、平民の特別聴講生、そしてこれまでの学園では見過ごされてきた者たちにな」
ユーリの視線が、俺をまっすぐに射抜いた。その瞳には、かつてのような侮蔑の色は薄れ、代わりに探るような、あるいは評価するような光が宿っていた。
「そして、貴殿の存在。当初、私は貴殿を、学園の秩序を乱す『異物』と見なしていた。この学園に於いて、君は排除すべき対象だった」
彼の言葉に、俺は反論しなかった。それは、彼の認識が、かつての彼の立場からすれば、至極当然の評価だったからだ。
「だが、貴殿は、その『異物』たる自身を、セレスティア・ユーグライトという存在を通して、学園の、そして帝国の新たな可能性として示した」
ユーリは、机の上の書類の束から、一枚の紙を抜き取った。それは、学園長の署名がなされた、俺の退学処分に関する書類だった。
「私の見込み違いだった。貴殿は、確かに私の『正義』とは異なる道を行く者だが、その力、その知性、そしてその行動力は、無視できないものだ。代理戦争の結果は、私の敗北を意味する。故に、ユーリ・フォン・リヴァルトの名において、貴殿の退学処分は、この場で取り消しとする。」
彼の言葉は、迷いなく、はっきりと告げられた。
俺は、彼の言葉を静かに受け止めた。退学の危機は去った。しかし、それ以上に、ユーリという絶対的な存在が、俺の力を、そして俺が起こした「波紋」を認めたという事実に、新たな達成感と、同時に奇妙な感覚を覚えた。
「感謝いたします、ユーリ生徒会長」
俺は、これまでとは少し違った思いを抱いて頭を下げた。
だが、これで全てが終わったわけではない。ユーリとの対立はひと段落着いたと見てもいいだろう。
しかし、形を変えて、学園内での闘争は続いていくだろう。
ユーリは、再び完璧な生徒会長の顔に戻っていた。
「貴殿の異端な思想が、学園、ひいては帝国に何をもたらすか……見せてもらうとしよう、フレイアスト」
その言葉には、承認と、同時に、まだ測りきれない俺への警戒、そして未来への問いかけが込められているようだった。
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