希望の芽吹き
毎日19時頃投稿予定です。
アルバスの演説が終わると、会場には興奮と納得のざわめきが満ちた。完璧な論理と大胆な提案。「負けた」と一瞬でも感じたほどの、盤石な公約だった。アルバスが自信に満ちた表情で、舞台袖のユーリと視線を交わすのが見えた。
次に、司会者の声が高らかに告げる。
「続きまして、生徒会長候補、セレスティア・フォン・ユーグライト侯爵令嬢!」
俺はセレスティアの表情を見た。そこからは、まだ微かな緊張が伝わってくる。だが、その足取りは力強く、まっすぐに演壇へと向かった。スポットライトを浴びて、講堂の中央に立つセレスティアは、これまでとは見違えるほど凛としていた。その瞳は、一点の迷いもなく、聴衆の顔をゆっくりと見渡す。
一瞬の静寂。
そして、彼女は口を開いた。
「皆さま。私は、セレスティア・フォン・ユーグライトと申します」
その声は、かつての人前で震えていたか細い声とは全く違っていた。清らかで、しかし確固たる意志を宿した声が、講堂全体に響き渡る。
「私には、皆さまのような、強大な魔法の才能はありません。私は、緑属性魔法という、『おまじない』と蔑まれ、軽んじられてきた属性の使い手です。しかし、私はこの学園に入り、様々な助けを借りて、この魔法に秘められた可能性を知ることができました」
彼女はそこで一度言葉を区切ると、穏やかながらも力強い眼差しで聴衆を見つめた。その視線は、貴族席だけでなく、平民の特別聴講生たちにも等しく向けられている。
「この学園は、血統と才能を重んじる場所です。それは素晴らしい伝統であり、帝国の礎を築いてきました。しかし、一方で、そこからこぼれ落ちる才能や、異なる可能性を、私たちは見過ごしてこなかったでしょうか?」
アルバスの公約を否定せず、しかしその本質的な限界を突く言葉だった。聴衆の中に、ざわめきが広がる。特に、平民の特別聴講生たちの間に、期待の空気が満ちていくのが感じられた。
セレスティアは、ここで一度深呼吸をした。そして、彼女の公約の核心を語り始める。
セレスティアは、そこで静かに自身の胸元に目を落とした。彼女の胸には、秋らしい、幾種類かの、花々をあしらった小さなコサージュが飾られている。しかしそれは、淡くくすんだ色合いで、どこか寂しげな雰囲気を漂わせていた。
(あれは……、ドライフラワー? )
あまりにも自然で、控えめであったために、セレスティアがドライフラワーのコサージュを身に着けていることに今まで気が付いていなかった。
しかし、この世界でドライフラワーの技術などまだ浸透していなかったはずだ。それなのにセレスティアの胸にあるドライフラワーは驚くほど保存状態が良く見える。
「皆さまは、この花をご存知でしょうか?これは私が、とある方法で生命活動を極限まで遅くさせた、言わば『時間の止まった花』です。細胞という概念を熟知することで、私はこの花を、生きていた時と変わらない姿のまま保存する方法を編み出しました」
彼女の言葉に、会場に小さなどよめきが起こる。見たことのない「時間の止まった花」という言葉に、生徒たちは好奇と疑念の入り混じった眼差しを向けている。
「皆さんの目には枯れた花のように映るでしょう。しかし、この花は今でも生きていて、生命をくすぶらせています」
彼女はそう言うと、そっとそのコサージュに指先を触れた。
その瞬間、彼女の指先から、微かに緑色の光が溢れ出した。それは、まるで静かに鼓動する生命の息吹のように、優しくコサージュ全体を包み込む。
会場の生徒たちは、固唾をのんでその光景を見守った。何が起こるのか、誰もが息を潜めている。
緑色の光が徐々に強さを増していくにつれて、信じられない変化が起こり始めた。
まるで時が巻き戻るように、花々の色合いが、劇的に鮮やかさを取り戻していく。乾ききっていた花びらが潤いを帯び、閉じかけていた蕾が、ゆっくりと、本当にゆっくりと開き始めたのだ。会場全体に、甘く清々しい花の香りが満ち渡り、その香りは、ドライフラワーであったはずの花々から、今まさに放たれているものだった。
セレスティアの胸元で、先ほどまで生気を失っていた花々が、生命力に満ちた、瑞々しい色彩を放つ生きた花へと蘇ったのだ。
「緑属性魔法は、決して『おまじない』や『眉唾』な魔法などではありません。このように、生命に干渉し、眠っていた可能性を目覚めさせる力を持っています。この力は、決して強大な破壊の力ではありません。しかし、たとえ小さな、見過ごされがちな存在にも、再び輝きを与えることができる、可能性の魔法なのです」
彼女は、蘇ったコサージュをそっと見つめ、そして再び聴衆へと顔を上げた。
「私は、この学園を、ただ貴族の才能を磨く場とするのではなく、あらゆる才能が等しく尊重され、誰もが自分の可能性を信じ、開花できる場所へと変革したいのです」
会場は、一瞬の静寂の後、爆発的な拍手と歓声に包まれた。それは、これまでで最も大きく、そして熱のこもった拍手だった。平民の生徒たちはもちろん、多くの下級貴族の生徒たちまでもが、その表情に感動と、希望の光を宿していた。一部の貴族の生徒の中には、困惑の表情を浮かべる者もいたが、その声は圧倒的な熱狂にかき消されていた。
舞台袖で、俺はセレスティアの公約宣言を見届けた。彼女は、俺が信じた「真価」を、この場で確かに証明した。アルバスの完璧な公約の、その一点の隙を、見事に突き抜けたのだ。
(やったな……、そして、ありがとう)
俺の口元に、自然と笑みが浮かんだ。この瞬間、学園は、確かに「変革」への第一歩を踏み出したのだ。
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