選ばれた者たちの声
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講堂に設置された大時計の針が正午を指した瞬間、厳かなファンファーレが鳴り響いた。いよいよ、生徒会長選挙の公約宣言が始まる。舞台袖の薄暗がりから、俺は壇上を見上げた。
最初に登壇したのは、学園の有力貴族の一人である子爵家の令息だった。彼は堂々とした態度で、学園の伝統と秩序の維持を訴えた。
「我々貴族こそが、この学園の、そして帝国の未来を担うべき存在であり、その誇り高き血統と才能こそが、盤石なる秩序を築く礎となるのです!」
彼の声は力強く、一部の貴族の生徒からは喝采が上がった。しかし、その内容に真新しさはなく、学園の現状維持と貴族の優位性を強調する、これまでと何ら変わらない退屈なものだった。その後も、数名の候補者が次々と登壇し、それぞれが自身の家柄やコネクションを背景に、ありきたりな公約を並べ立てた。どの演説も、表面上は立派に聞こえるものの、本質に触れることはなく、生徒たちの間に大きな感動を呼び起こすことはなかった。
(やはり、予想通りか……)
俺は冷静に分析する。学園の多くの貴族生徒たちは、実際のところ生徒会選挙など特に興味を抱いていないだろう。それは彼らにとっては今のところ停滞しているとは言え、帝国の在り方に何の不都合もなく、学園の生徒会長が誰になっても大きな変化はないと思っているからだろう。
しかしながら、そうではない生徒たちも少なからず存在する。それは、ジークハルトやユーリ生徒会長に触発された者達だ。
彼らには、帝国の未来を担っていくのは自分たちであるという自覚があり、積極性がある。
そんな生徒たちには、希薄な言葉を並べ立てても何も響かないだろう。
続いての演説でも、言葉やトーンは違うものの、言っていることは何ら変わり映えしない、要は伝統に則った現状維持だ。
そのような演説では、生徒たちに興味を持たせることすら叶わない。
そして、ついにその時が来た。
舞台中央に、堂々と立つ一人の少年がいた。ユーリ生徒会長が推す、男爵家の候補者、アルバス・フォン・グライン。彼は、他の候補者たちとは一線を画す、立ち居振る舞いと、知的な光を宿した瞳を持っていた。
「私は、ユーリ生徒会長の意思を継ぎ、この帝立学園を、真の実力主義の象徴とすることを誓います! 血統に驕ることなく、努力を怠らぬ者には等しく機会を与え、学園全体のレベルを向上させるための新たな校則を導入します。それは、学園内での貴族階級の撤廃です」
その発言に、会場全体がどよめく。
「具体的には、学園内では、姓を名乗ることを禁止とします。これまでの学園では、表向きには生徒たちに貴族の階級による格差はないとされてきました。しかしながら、それはあくまでも”表向きには”という言葉がついて回ります。実際のところ、学園内でも貴族の階級による上下は存在しています。学園内での貴族性を名乗ることを禁止するだけではこれを無くすことは難しいでしょう。ですが、これは始まりの第一歩です。これをきっかけとして学園内を変える。そして、ひいては、帝国を導いていくのはあなた方、ひとりひとりです! 私は、この校則の制定を元に、学園内に変革のきっかけを作っていきたいと考えています。私、アルバスは、誰もがその才能を最大限に開花できる環境を整備することを誓います!」
アルバスの公約は、具体的で、現実的で、そして奇抜性を含んでいた。貴族の生徒たちはもちろん、一部の平民の生徒たちからも、期待の眼差しが向けられた。彼の言葉は、ユーリの掲げる理念を体現しており、これまでの学園の歴史を考えれば、これ以上の公約はありえないと思わせるものだった。
しかし、俺の脳裏には、ある考えが浮かんだ。
(やはり、選民思想だ……)
表面上は「実力主義」や「機会の均等」を謳っているが、その中心にあるのは、あくまで「貴族」という思想だ。貴族姓を名乗ることを禁止し、仮に階級という垣根が消え去ったとしよう。そこに残るのは何だ? やはり貴族と平民の壁だ。これでは本質的な壁は崩されていない。彼らの「実力主義」は、結局のところ、既存の秩序を揺るがさない範囲でのみ許されるものなのだ。
だが、この公約は、下級貴族たちが大半を占める学園に於いては、多くの支持を集めるだろう。
この公約では、本当に学園を変えることはできない。しかしながら、効果的で、戦略に富んだ公約宣言だ。
代理戦争の流れは完全にユーリ側に味方している。
これに太刀打ちできるのはただ一点だけ、学園に少なくない平民の特別聴講生たちの心を掴むこと。今の宣言では彼らの不満や、真の渇望には、全く応えていない。
彼らの指示を得つつ、貴族の生徒たちにも、さらなるメリットを提示しなければならない。
(負けたか……)
あまりに不利な状況に、弱腰な考えが脳裏をよぎり、どんな顔でセレスティアがこの宣言を聞いているのだろうと思い、彼女に視線を向ける。
そこで俺は、間違いに気づいた。
セレスティアの表情は、決意に満ちており、「負けた」などと、微塵も考えてはいないことが見て取れた。
(そうか……)
アルバスの完璧な演説を聞きながら、俺はセレスティアに全てを託した。
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