運命の公約宣言日
毎日19時頃投稿予定です。
ついに生徒会長選挙の公約宣言日がやってきた。この日が実質、代理戦争の本番といったところか。この場で多くの者の心をつかんだ方が勝利する。
学園の講堂は、かつてないほどの熱気に包まれていた。演壇の前に並べられた候補者たちの席は、ただそれだけで威圧感を放っている。壁には各候補者のスローガンが掲げられ、会場を見渡せば、普段は無関心な貴族の生徒たちまでもが、その表情に期待と、わずかな緊張を浮かべているのが見て取れる。
セレスティアは左端の席に、緊張の面持ちで座っている。
まさかこんな展開になるとは夢にも思わなかった。
(ここまで来るとは……)
正直なところ、当初の予想をはるかに超える順調さだった。代理戦争が始まって数日。貴族派生徒による露骨な妨害は驚くほど減少し、説明会には予想以上の生徒が集まった。特に、セレスティアの緑属性魔法のデモンストレーションは、回を重ねるごとに感嘆の声を呼び、その波紋は学園中に広がり始めていた。
結果として、公約宣言当日を迎えた今、選挙戦の構図は、完全に二強へと絞られていた。
ユーリ生徒会長が推す、あの男爵家の候補者。そして、俺が全面的にサポートするセレスティア。
他の数名の候補者たちは、早々にその存在感を失っていた。彼らの公約はかすみ、学園生徒たちの関心は、もはやこの二人の動向に集中している。
「嘘だろ……侯爵令嬢がここまで食い込むなんて」
「ユーリ生徒会長の相手を、まさかユーグライト家がするとはな」
「緑属性魔法がまさかあんなに使えるなんて、誰も知らなかったし……」
周囲から聞こえてくるざわめきが、俺の感じている驚きと一致している。学園の常識からすれば、セレスティアがここまで勝ち上がってくることは、まさにありえないことだった。
(ユーリ生徒会長が、自身の支持者を抑え込んだのは確かだろう。正攻法で俺たちを潰そうとする彼の「正義」の一端は理解できた。だが、それだけではない。やはり、何か別の力が働いている)
俺の脳裏には、相変わらず拭いきれない違和感が横たわっていた。まるで、見えない誰かの手のひらの上で踊らされているような感覚。しかし、それが誰なのか、何が目的なのか、まだ俺には全く見えない。一体誰が、なぜ、俺たちを「後押し」しているのか。
(……いや、考えすぎだ…)
この結果は、学園内の生徒たちが変化を望んでいることの表れだろう。実際、セレスティアの変化は、俺の目から見ても明らかで、その姿に感化された者は少なくないはずだ。
ともかくこの状況は、俺の退学の危機から脱するために、そして、帝国に変化の楔を打ち込むために最高の状態と言える。
「選挙の結果が気になるところだな」
俺の背後から、突然、澄んだ声が投げかけられる。振り返るとそこにはカインがいた。
「ユーグライト。確か侯爵家だったか? 貴殿は彼女を熱心に支援していたな」
「カイン殿下」
俺は軽く頭を下げて、形式的な挨拶を返す。カインの表情からはなにも読み取れず、直感的に警戒心を覚えた。
「殿下は誰を支持されるおつもりで?」
不意に気になって聞いてみた。間違いなくユーリ側の候補者を推すことはないだろう。かと言ってセレスティアを推すこともないと思われる。だとしたら誰を?
「愚問だな。 私が誰かを支持するなどありえないことだ」
それだけ言って、立ち去って行く。
(カイン・ヴァレトゥス・カナティオ。……今のところ計り知れない。いずれ彼とも対峙することになるのだろうか……)
気を取り直して、セレスティアに視線を向けると、深呼吸をしていた。その表情には、まだわずかな緊張が見えるものの、以前のような怯えはない。瞳の奥には、確かな光が宿っている。
ここまでくれば、俺に出来ることは何もない。しかし、候補者の支援者は舞台袖に待機することが許されている。
出来る限り近くで彼女の勇姿を見届けようと、袖まで移動する。
(彼女は、ここまで来た。あとは、彼女自身の言葉で、その「真価」を証明するだけだ)
講堂の照明が、一斉に舞台に集まる。いよいよ、公約宣言が始まる。この「代理戦争」の結末がどうなるのか。そして、この「二強」の構図が、学園、ひいては帝国の未来に何かをもたらすことになるのだろうか。
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