いつか、光が届くと信じて
港町を並んで歩く、五人の陰……。男性が二人、女性が三人の、どことなく目を引く一行だ。彼らは、光の原野行きの船を探していた。
「うーん、ここから出るって聞いてたんだけどな……。」
そう言ったのはエルリック、ラッツィの王子にして炎の子である。赤みを帯びた金髪を風になびかせて、頭をポリポリと掻いた。その隣から、不満気な声が上がる。
「ちょっと、情けないわねー。ここが一番光の原野に近いんだから、ここから船が出てるに決まってるでしょ。誰かに聞いて……。」
そう言った彼女は、白っぽい金髪にエルリックと同じ青い瞳。彼の双子の姉のティアナだった。彼女は光の子である。そして、彼女はある人物に白い目を向けた。
「やあ、お嬢さん。ちょっと聞きたいんだけど、いいかな?」
「またやってる……。」
彼女の視線の先にいたのは、黒髪に青紫の瞳の青年、フェリドだった。先程から、彼は通りすがりの多くの女性に話しかけていた。どうやら、そういう人種らしい……。溜息が洩れるのが聞こえた。エメラルドの瞳に漆黒の髪の少女、リラから……。
「あれに付き合っていたら日が暮れるわ。先に行きましょ。なんとかして探して来るだろうし。」
そう言った彼女は、宿屋の方に先に歩いて行ってしまった。どうやら、先に泊る所の確保をした方がいいと判断したらしい。
「そうね、そうしましょ。」
そう言って四人は、旅の仲間をあっさりと見捨てて宿屋に入って行った。
宿屋に入った一行は、驚きの光景を目にした。宿屋の広間には、たくさんの衣装が並べられていた。固まっている一行の方へ、宿屋の女主人が歩いて来る……。
「お泊りですか?それとも貸衣装?」
「あ、えっと……お部屋をお願いしたいのですが……。」
銀青色の髪に深い青色の瞳の少女が遠慮がちにそう言った。リラの妹の、ジュリアである。女主人が頷いて、カウンターから鍵を差し出した。
「何部屋だい?」
「二部屋お願い。」
ティアナのその言葉で、彼女はもう一本鍵を差し出した。そして、忙しそうに貸衣装の山が広げられている部屋に戻って行く。ティアナが、そこで合点がいったように手を打った。
「そうか、今日は精霊祭の日だったわ!どうりであんなに活気があったのね!いくら港町だからと言っても、ちょっと賑わい過ぎだと思ったもの!……でも、多分精霊祭の間は船は出ないわね……。」
「精霊祭?」
リラが一人で納得している彼女に小首を傾げて見せた。それに視線を当ててから、ティアナが続けた。
「そう、精霊祭。年に二回、夏至と冬至の日に精霊を祀ってお祭りをするの。今日は夏至の日でしょ?だから……。精霊祭ではね、皆が自分を色々な物になぞらえて仮装をして、広場に集まって輪舞を踊るのよ。面白そうでしょ?」
「素敵ですね。ねえ、お姉さま?」
「そうね、素敵だわ。」
隣でうっとりと目を細めた妹に、リラも微笑んで同意した。ティアナが悪戯っぽく笑った。
「ねえ、私たちも行きましょ!私、城以外の所で行われる精霊祭に行くのは初めてだもの。よし、決定!ご主人に頼んで衣装を貸してもらいましょ!」
そう言って皆を押し切ると、彼女は宿屋の女主人の後を追いかけて行った。
「ジュリア、何の衣装にする?僕、それに合わせようと思うんだ。」
エルリックが赤面しながらも言った言葉に、ジュリアが柔らかく微笑んだ。
「困りましたわ。どんな衣装がいいのか、まったくわかりませんもの。……もし良ければ、選ぶのを手伝っていただけませんか?」
「も、もちろんだよ!行こう!」
彼はそう言って、ごくごく自然にジュリアの手を引いて行った。その様子を見送って、小さく微笑む。
「……。」
自分の手を引いてくれたであろう人は、もういない……。故国の土に、還っているはずだ……。ここのところ彼女が元に戻ったように見えていたのは、彼女が心の深い部分に蓋をしていたせいであった。その傷は癒えるどころか広がって、彼女の心を蝕んでいく一方だ……。奥底が、どうしようもなく重い。彼女は、怖かった。いつか、その重さに耐え切れなくなってしまう日が来るのではないかということが……。
「仕方のない、ことなのに……。」
そう、いくら彼女が悩んだからといって、彼が戻って来る訳ではない。それがわかっていても、それでも……。俯いて、唇を噛み締める。彼女は待っていた。いつか誰かが、彼女の心の奥底にまで光を投げかけ、温かい手を差し伸べてくれることを……。
「リラ、どうかしたか?」
後から宿屋に入って来たフェリドが、彼女にそう声をかける。それから、その大きな手を差し出す……。彼女の顔が、驚いて上げられた。
「な……どうして、手を……?」
そう、なぜ、彼女が心の奥底で求めていた物を……?
「いや、具合でも悪いのかと思って。そんなに驚くことでもないだろ?」
彼は、なんとも不思議そうな顔をしている。彼女が、小さく笑みをこぼした。そして……。
「……ありがとう……。」
彼の右手に、自分の左手を預ける……。大きくて温かい手が、小さくて冷たい手を包み込んだ。いつかは、きっと……。そう思って、また淡く微笑む。そう、いつかは。今彼がしてくれたように、彼女の心の底にまで、彼女を守ってくれる、救い出してくれる手が届く日が来るのだろう……。
「ジュリアと双子は、精霊祭の衣装を選びに行っているんだ。」
「へえ、精霊祭……。面白そうだな。」
自分より大分高い位置にある彼の青紫の瞳に、ほんの少し目を細める。夏至の日は、彼女の心にも明るかった。そしてそれは、二人の心がほんの少し、通った日だった。
こんにちは、霜月璃音です。連休を利用して執筆活動を進めております。
第九話、いかがでしたか?読者様のお気に召したでしょうか?
そろそろ登場人物たちの性格をはっきりさせたいと思う今日この頃であります。
ここまでお読み下さった皆様、どうもありがとうございます。よろしければ、第十話以降もどうぞよろしくお願いいたします。