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光の姫と炎の王子

活気があり、賑やかな街並み……。ラッツィの街は、あちこちで商人たちがそれぞれに威勢の良い声を上げ、商売を行っていた。トリランタやルクタシアの美しい整いぶりとは全く異質なものだったが、また別の美しさを備えていた。

「お二人とも十八歳ということでしたよね?私の二、三歳年上の方ということになりますね。お会いするのが楽しみですね!」

ジュリアが、一生懸命にリラに話しかけた。ここのところ、一行にはあまり会話がなかった。トリランタでの事件があって以来、彼女はまともに話もしなくなっていた。腰を遥かに通り越し、膝の裏辺りまであった髪を、背中の中央あたりで彼女はばっさりと切ってしまった。その残りは、コルレッドの墓に入れられている……。そして彼女は、そこに心も置いて来た。彼女を守って命を落とした、恋人の元に……。

「そうね……。」

リラの一言にジュリアはまた言葉をかけようとは思わず、じっと黙り込んだ。


ラッツィの城について、一行は案内の侍女について回廊を歩いていた。その前から、薄い青の瞳に、赤っぽい金髪の髪を一つに束ねた青年が歩いて来て、すれ違った。ジュリアの足が、止まる……。青年の方も、歩みを止めて振り返った。視線が、何かに誘われたかのように結ばれる……。何かが割れるような強い衝撃が、ジュリアの体を走った。まさか、彼が……?青年の方は、ジュリアの視線を受けて真っ赤になった。

「あ、あの……お客様、ですか……?」

「は、はい……。トリランタから参りました……。」

青年もジュリアも、緊張した様子でお互いに話しかけた。

「私は、トリランタ第三王女のジュリアと申します。あちらにいらっしゃるのが、第一王女のリラお姉さまと、ルクタシアの衛兵長のフェリド様です。」

「僕は、ラッツィの第一王子のエルリックです。どうぞよろしく。あ、あの……。」

侍女が、わざと大きく咳払いした。それで、エルリックがハッとした。

「あっ、こんな所でお引き留めして申し訳ありませんでした。後ほどお部屋までご挨拶に伺います。その時に、また……。」

「は、はいっ……。」

そこで彼と別れて、ジュリアがリラとフェリドの元に赤い顔のまま戻って来た。

「ふうん、一目惚れ?」

フェリドのからかうような口調に、ジュリアがぶんぶんと首を横に振って答えた。

「ち、違います!ただ……。」

この続きは、誰にも聞き取れない程小さな声で呟かれた。

「また、会えたことが嬉しくて……。」

誰にも気付かれないほど小さく、ジュリアは微笑んだ。


エルリックは、リラとジュリアが通された部屋で一段落すると、すぐにやって来た。後ろに、彼と同じ瞳の色の、こちらは淡い金髪の女性を引き連れて……。ジュリアの表情が一瞬曇ったが、リラはすぐに確信した。おそらく、この女性が彼の双子の姉のティアナ姫なのだろうと……。彼女が一歩進み出て、言った。

「先程は、弟が大変な失礼をいたしました。私は、エルリックの姉でこの国の第一王女のティアナと申します。どうぞくつろいでお行き下さい。」

ジュリアの顔に浮かんだ安堵の色も、リラは見逃さなかった。

「エルリック、ジュリア様を自慢の場所に案内して差し上げたら?私はリラ様とお話させていただきますから。」

「えっ、でも、姉さんっ……!」

「いいから早く行きなさい!ほら、早くするっ!」

彼女のかなり強引な押しで、エルリックはようやくジュリアの手を取った。その姿を見たリラは、何かを感じた。昔から遠い未来までずっと、二人のそんな姿が続くような……。永遠なんて存在しない、と、ついこの間痛感したばかりだったというのに……。

「ごめんなさい、突然驚かせてしまって。でも、どうしても二人っきりにしてあげたくて……。ジュリア様にはご迷惑だったかしら?トリランタに決まった方がいらっしゃるとか?」

「いいえ、そんなことはありません。それに、ジュリアにもこの方が良かったと思いますし。お気づかいありがとうございます。」

それからリラは、着替えた長衣の裾を持ち上げ、深く礼をした。

「今回は突然の訪問にも関わらず、温かいお迎えに大変感謝しております。」

ティアナが、リラの元に歩み寄り、彼女の手を取った。

「よろしくね。堅苦しい挨拶は抜きにしましょ!それから、難しい敬語も!どうしてかしら、あなたたちとはとてもいい友達になれると思うの!」

彼女の言葉に、リラはニッコリと笑って頷いた。彼女が見せた、久しぶりの笑顔……。

「私もよ!」

そこには、彼女の決意があった。これ以上誰にも、コルレッドのことでは悲しげな様子は見せない、と……。


外は、ポカポカと気持ちの良い陽射しが射していた。

「この先は砂利道なんです。お手をどうぞ。」

エルリックはそう言って、ジュリアの方に手を伸ばした。彼女が、躊躇する……。

「あの、申し訳ありませんが……。私は、あの……。」

ジュリアが俯き、口ごもるのを見て、エルリックは不安になった。

「あ、すみません。初対面の姫に、慣れ慣れしくして……。」

「あのっ、そうではありません。ただ、驚かないで下さい……。」

白い手が、彼の手に重ねられた。ヒヤリと冷たい、温もりという物が全く感じられない、小さな手……。一瞬どう彼女に言葉をかけていいかわからなかった彼だったが、ニコリと笑ってみせた。

「良かった、嫌われた訳ではなかったんですね。……水の子は……体が冷たく生まれてしまうのでしょう?あなたのせいじゃありませんよ。」

彼は、この時すでに思っていた。重ねられた手を、一生離したくない、と……。


「なるほどね……。じゃあ、あなたたちはその精霊の聖具とやらを探すために旅をしているのね……。」

「そう。それから、精霊の子も……。」

リラとティアナは、かなり込み入った話をしていた。そこで、ノックの音が響いた。

「どうぞ?」

リラのその声で戸を開けて入って来たのは、フェリドだった。

「ふうん、内緒話?」

「……馬鹿なことを言うな。今本題に入ったところだ。」

ふざけた調子でそう訊ねて来た彼に、リラは冷たくそう言った。今日初めて会ったティアナにもわかるほどの、冷たい物言い……。リラは、未だに彼に心を許せていなかった。彼女の全身が、警鐘を鳴らすのだ。彼に、心を許してはいけないと……。その先に待つのは、悲劇だと……。

「それで?姫君、率直にお伺いしますが、我々の旅にご同行願えますか?ルクタシアでは、今も多くの民が貧困に喘いでいます……。」

しかし、彼女のそんな物言いには彼は慣れっこのようで、フェリドは大して気にする様子もなくティアナに話しかけた。

「いきなりそんなこと言われても……。危険な旅になるのでしょう?」

「……トリランタでも、ハーバナントの襲撃に遭ったわ……。」

リラが俯いて、紅い唇が白くなるまで強く噛んだ。そしてその時に、彼が……。

「この先もそう言うことはあると思います。ですが、それでいいのですか?この旅が成功を収めれば、世界は原始の光満つ所となり、闇の化け物たちは魔界に逃げ帰るしかない。つまり、どの国もハーバナントの脅威に脅かされることのない、平和な時代がやってくるのですよ?」

「わかってるわ……。だから、急にこんな話をされても断れずにいるんじゃない……。」

本当なら、そんな危険な旅のお誘いなんかさっさと断りたい。だがフェリドが言ったように、この旅が無事に終焉を迎えれば、何者にも脅かされることのない、平和な時代が到来する。おそらく、その先には遥かな時の彼方、大地も記憶を留めていない程の昔、神代のような黄金の時代が待っているのだろう……。それは、全世界が望む物だ……。ティアナは、深い溜息をついた。

「……とにかく、私一人で決められるような問題じゃないわ。エルリックの意見も聞かなきゃならないし、お父様のご意見もお伺いしなきゃ……。結論はすぐには出せないわよ。」

「それはわかってるわ……。でも、できるだけ急いで欲しいの。たくさんの人が大変な思いをしているんだもの。それから、お願い。私たちと一緒に行けないとしても、自分の聖具だけは探して欲しいの。全てが揃わないと、私たちの旅は意味を失ってしまうわ……。」

ティアナが曖昧な笑みを浮かべた。聖具を探しに、遠くまで旅に出る。その行動も、決して安全だとは言えない。時代の暗黒は、それほどまでに濃くなっているのだ……。彼女は、とりあえず保留、という答えを出した。それでも、リラは笑顔を向けてくれた。そして、部屋を出る……。

「はぁ……困ったなぁ……。向こうの言ってることが圧倒的に正しいんだもの……。エルリック、なんて言うかしら?」

ティアナは、この時まだ知らなかった。弟が、二つ返事で旅に出ると答えることを……。


次の日、ティアナとエルリックが二人揃ってリラとジュリアの客室を訪れた。そこには、今後の予定を話し合うためにフェリドもやって来ていた。全員いる方が、好都合だ。

「結論が出たわ。……と言うか、エルリックはほとんど考えないで出したんだけど……。」

「僕たちも、一緒に行くよ。ほら、味方は多い方がいいだろ?それに……。」

彼が赤くなって口ごもり、ジュリアにチラと視線を走らせた。なるほど、そう言うことか……。

「本当ですか?嬉しい!お二人が一緒に来て下されば、心強いですわ。」

決定打。ジュリアは、意図せずして彼に決断を下させていたのだ……。それを、一瞬で残りの三人が読み取る。

「……まあ、そういう訳だから、よろしく……。エルリックを一人で行かせるのはたまらなく不安だし、どうせ聖具を探しに行かなきゃならないなら、危険なのは一緒だわ。だから、行くわ。」

そう言って、ティアナがニッコリとリラに笑いかけた。それに、リラも笑顔で応える。彼女のその笑顔を見て、フェリドも頬が緩んだ。久々に見せた、生きた表情……。それが、彼を安堵させたのだ。旅の仲間が増えた、嬉しい初夏の日だった。

お久しぶりです、霜月璃音です。異国恋歌~風空の姫~第七話をお届けいたします。

大学の新学期の方が始まったために、手続きや時間割が確定するまで忙しく、更新が遅れてしまいました。大変申し訳ありません。

気長にお待ちくださった読者の皆様、本当にありがとうございます。またできるかぎりの速さで更新して行く予定でおりますので、ぜひお付き合い下さいませ。

最後に余談ですが、前作のおまけ、小異国恋歌~龍神の華~という短編が大分前に書き上がっています。前作をお読み下さって、まだそれは読んでいないという読者の方がいらっしゃいましたら、そちらもよろしくお願いします。

長々と申し訳ありませんでした。失礼いたします。

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