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古代からの最強の護り

一行は、トリランタの王都まで三日かけて進んだ。その間、ハーバナントからの妨害に遭うこともなかった。リラが戻ったということはすでに王城にまで伝えられていて、宴の準備が行われていた。入城した彼らを最初に出迎えたのは、トリランタ王だった。

「リラ、よくぞ戻った。心から嬉しく思う。だが、なぜこんなにも早く戻って来たのだ?」

満面の笑みを浮かべてそう言う父に、リラは笑顔で一礼してから答えた。

「後ほど詳しくお話いたします。宴の後に父上のお部屋を三人で訪ねてもよろしいでしょうか?」

宴の後の約束を取り付けると、リラは自分の部屋に向かった。まさかこんなに早く戻れるとは思っていなかった、彼女の記憶がいっぱいいっぱいに詰まっている部屋……。

『懐かしいな……。』

ほんの数日しか離れていないはずなのに、その空気さえ彼女の心を震わせる……。窓の外を眺めると、今年新しく入隊したばかりの衛兵たちの訓練が行われているのが見えた。その指揮を行っている彼に、彼女の目は向けられていた。また彼に会えたことは、素直に嬉しい……。一方のコルレッドの方は、彼女を複雑な思いで見ていた。それは、彼女は知らないことだった……。


フェリドは、通された客間の寝台に腰掛けてボーっとしていた。最近、何かが頭の奥で崩れて来ている気がする……。そう、ちょうど厚い土の壁を、その手でポロポロと崩して行くかのように……。

「風の琴、神々の剣、そして泉……。探す、という言葉も……。一体、どこでどう繋がっているんだ?」

そして、気になることがもう一つ。最近の彼は、おかしかった。リラを見ていると、胸の奥が苦しく締め付けられるのだ……。恋愛感情などではない。もっと別の、何か……。そして、それに反応しているのは自分自身ではなく、自分の中の別の者だという気がしていた。

「まるで、別の者が住みついている気分だな……。」

気持ち悪い。そうは思っても、何が原因かも全くわからないのだから対処のしようもない。彼は、なんとも複雑な気分のまま宴の席へと向かった。


全ての燭台には火がともされ、それぞれに着飾った人々が豪華な料理を食べ、美酒を飲み、踊りを踊っている。リラは、コルレッドに付き添われていた。紫のふわりとしたドレスに身を包み、髪もふわりと柔らかく結い上げている。

「この曲……。」

トリランタに伝わる古い舞踏曲が流れて来たのを聞いて、コルレッドがリラに話しかけた。

「王女、久々に一曲お相手願えませんか?」

彼女は一瞬迷ったが、明るく答えた。

「いいわ、行きましょう。」

ゆったりとした曲合わせて、二人は手を取り踊り出した。その様子を、フェリドがじっと見つめていた。

「昔よく練習しましたね、この曲……。」

コルレッドの方が懐かしそうに目を細めた。

「そうね……だって私、これが踊れるようになるまで弓の稽古を禁止されたんだもの。それで、夜中まであなたを付き合わせて練習して……。」

「そうでしたね……。」

あの時の二人は、思いもしなかった。まさか、離れなければならない日が来るなんて……。暗い表情を見られたくなかったリラは、話題を変えようと明るく言った。

「あなたの手、温かいのね。手袋越しなのによくわかるわ。」

彼は、何の気なく笑って答える。

「人の手なら皆温かいですよ、王女。」

彼女の表情が、再び曇った。

『人の手なら、か……。私の手も、ジュリアの手も冷たい……。風と水の精霊の子だから……。私たちは精霊ではないわ。でも、人の子とも言い切れない……。中途半端な位置にいるのが、私たち精霊の子。一体、精霊の子って何なのかしら……?』

ふと、貴賓席に座っているフェリドと目が合った。彼女をじっと見つめる、青く深い、鋭い瞳……。なぜか記憶もない遥か昔を思い出させるような、懐かしく優しいその色に、彼女は恥ずかしさを覚えて目を伏せた。

『王女……。』

コルレッドは、リラの視線の先にフェリドの存在を見て取った。

『あの男、一体何者なんだ……?ただの臣下には見えない……。』

まだリラを見つめ続けているその眼差しを、コルレッドは疑問に思っていた。


次の日は、今にも雷雨になりそうな空模様だった。

『なんか嫌な感じね……。』

リラがそう思いながら食事に向かおうとした時だった。

ヒュォォォォォォォォォ、ドゴォォォォォォォォン!

強烈な爆発音とともに、西側で大爆発が起きた。地面が揺れて、彼女はとっさに柱につかまった。

「敵襲ーっ!西館に敵襲ですっ!」

「なんですってっ?」

彼女は部屋に駆け込んで、扱い慣れた剣を取ってそちらに駆けた。


「な、んなの……?あれ……。」

リラは思わず絶句した。そして、ゴクリと唾を飲み込む。焼け爛れた肌に、鋭利で恐ろしく長い爪の、自分の三倍も背丈がある巨大な化け物……。

「行け。」

ヴィシアシーがそれを解き放った。そしてその次の瞬間には、石の床を粉々に砕いた爪の音……。飛んだかけらが、彼女の足に小さな切り傷を一つ作った。鮮血が、そこから一筋になって垂れる……。彼女は思わず苦笑した。

「随分丈夫なのね……。」

化け物が恐ろしい咆哮を上げ、リラに攻撃を仕掛けた。彼女はひらりと横飛びに飛んでそれをかわしたが、後ろから呼ばれた。

「リラ、危ないっ!」

フェリドは自分が対峙していた敵を一突きで倒し、リラの元へ駆けた。敵の右手からの攻撃はかわしたものの、着地したばかりの彼女には化け物の左手が迫っていた。予想以上に速いその動きに、彼女の瞳が見開かれる。

『間に合わないっ!』

リラもフェリドも、そう思った。そして、その瞳が閉じられた……。だが、いつまで経ってもその爪に身を裂かれた感覚が襲って来ることはない……。そっと目を開けた彼女の瞳が、驚愕の色を宿して、見開かれる……。彼女の瞳に映ったのは、自分を庇うように立ち、その背に深い傷を負った、コルレッド……。時が、止まった……。二人の視線が一瞬結ばれると、彼は崩れた。そしてリラもその場に膝から崩れて、震えた……。

「王女……。」

コルレッドは弱々しい息の元で、言葉を発した。

「話さないで……。お願い……。」

彼の震える手がリラの頬に伸び、彼女の手がそれをさらに包んだ。

「私は……おそらくも、う……ダメで、しょう……。死んだら三日……以内に、火葬……してくだ、さい……。闇に……蝕まれる、前に……。」

彼の顔はどんどん青くなっていき、息の音はどんどん遠くなっていく……。

「そんなこと……言わないでっ……!」

彼女の声は、語尾が震えてきちんと音にならなかった。

「い……んです。私は……あなたを……。」

言葉が切れ、苦しそうな息使いも途切れた。彼の鼓動の音は、遠くなって、消えて行った……。

「いや……。コルレッド、お願い、目を開けて……。お願いっ……!」

エメラルドの瞳に涙が溢れ、青い衛兵長の顔に落ちた。

「リラっ!そんな所にいたら、危ないぞっ!」

化け物の焼け爛れた左腕を切り落とし、そのけたたましい叫びをよそにフェリドが大声で叫んでも、彼女の耳には届いていなかった。彼女はまだ温かい衛兵長の体に取り縋って、我を忘れて泣いていた。その向こうではジュリアがいくつもの水竜巻を起こし、敵がひるんだその隙に兵士たちを治癒の術で治療してやっていた。

『ダメだ、ジュリアが気付くはずがない……。』

となると、今の無防備な状態の彼女を守れるのは、彼自身のみだ。フェリドは、いちかばちかリラの元へ駆け出した。後ろからは、どす黒い血を滴らせながら、片腕になった化け物が追って来た。

「リラ、戦いの最中なんだ!危険なんだぞっ!」

そばにひざまずいて肩を揺すっても、彼女はただただ衛兵長の名を呼びながら、涙を流すのみ……。その様子に、フェリドの心がチクリと痛んだ。

「……くそっ!」

フェリドは、リラと衛兵長の亡骸に守護の呪文をかけた。それによって、彼女たちが危害を加えられることは呪文が破られない限りなくなったが、代わりに彼は自分の力を半分以上使ってしまい、その命は危険にさらされることになってしまった。そして彼は、そのまま追って来る化け物に立ち向かった。ふらつくその体で片腕の化け物と対峙して止まった、その時だった。背後から、この世の物とも思われない凄まじい叫び声と、何かが焦げる匂いがした。まさか、と小さく呟いて振り返る。

「おのれ、大地の子……。」

リラの細い首にかけられたその腕から、ヴィシアシーは塵になり始めていた。徐々に、体が崩れて行く……。

「なんだ?一体……。」

あれだけの力の持ち主が、彼がかけた守護の呪文ごときを破れないはずがない。ではなぜ、彼は無に回帰していっているのだろうか……?

「おのれ……!守護の呪文だけではなく……古代からの、最強の……我らが最も苦手とする護りを……風の子にっ、与えたのかっ……!」

その言葉の最後が、彼の最期となった。塵は、風に流れた。城に攻め入っていたハーバナントの軍に動揺が広がり、彼らは皆バラバラになって逃走した。どうやら、ヴィシアシーがいなければ統率がとれずに負けると判断したようだ。フェリドはガクリと膝をつき、乱れた息を整えようとした。

「フェリドさん!」

ジュリアが駆け寄って来て、癒しの術を彼にかけてくれた。それでやっと、乱れた呼吸が安定する……。それから、脳にも酸素が回るようになった。その彼の頭に蘇ったのは、ヴィシアシーの言葉。

『古代最強の護りだとっ?そんな馬鹿な……。』

それが、何なのかは知っている。相手に対する、純粋な恋慕の情……。しかし、彼はリラにそのような感情は持ってはいない。会ったばかりなのだから、当然である。しかし、ヴィシアシーは確かにそう言った。まさか、死の間際に嘘をつけるとは思えない……。

『僕の中の何かが、そうしたのか……?』

汗が流れ落ちる。ヴィシアシーの最期の言葉が、いつまでも彼の頭の中を巡っていた。

こんにちは、霜月璃音です。異国恋歌~風空の姫~第五話、いかがでしたか?

最近はSound Horizonさんの曲を聴きながら執筆活動をさせていただいています。声がすごく綺麗です。

ここまでお読み下さっている皆様、本当にありがとうございます。後書きまで目を通していただけると、本当に嬉しいです。

どうもありがとうございました。

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