四百年ぶりの邂逅
「……ちょっと、どういうことよ? どうしてそんな険悪な雰囲気になってるのよ?」
リラが精霊の試練から戻った次の朝、わざわざ見張り番も代わってあげたのに、とティアナは率直な疑問と不満をもらした。それを問いかけられているフェリドの方も、困り果てたように彼女に昨晩の経緯を話して聞かせた。
「精霊の聖具は持ってるんだから、確かに試練は受けたはずだよね? そして、試練を受けたなら当然僕の本名も知ってしまうわけで……。さすがに、僕の本名を知っても僕の正体には気付かなかった、なんてことはないと思うんだ。彼女の洞察力なんかを考えたら、むしろ今まで気付かれなかったのが幸運だったとも言えるんだから」
「確かにそうだよね。でも、どうしてだろう? 僕たちが聖具を手に入れた経緯を考えたら、リラさんだって過去世の記憶を取り戻すっていう試練を受けているはずだよね……。うーん……訳がわからないなあ……。とにかく、何とかしないと! このままじゃあ、いくらなんでもフェリドが可哀想だしね」
一行は朝目覚めると、リラとフェリドの様子がおかしいことにすぐ気付いた。リラは今、ジュリアとアランの朝食の準備を手伝っている。エリゼもそれに加わっており、その間にティアナ、エルリックの姉弟にフェリドが先程のような打ち明け話をしていたのだ。
「確かに、いくらフェリドでも可哀想かもしれないわね……」
「姉さんがそれをいうと否が応でもフェリドのおかれた状況が飲み込めるよ……。姉さんから見ても可哀想だってことだよね。あの姉さんから見ても可哀想って……」
「あまり可哀想、可哀想って連呼しないでくれよ。僕だってどうしていいかわからないんだから……」
どうしようもない姉弟にフェリドが笑みを向けて、会話が止まった。彼のあまりにも気弱で、泣き出しそうなのを必死に堪えているような笑みに、明るい二人でも彼を元気付ける方法が見つけられず、黙り込んでしまったのである。
「……元気がないんですね、お姉様……」
二人でスープの準備をしながら、ジュリアがリラにそう声をかけた。アランとエリゼには空になった全員分の水筒に水を入れて来るように頼んだため、今は二人だけである。ジュリアの言葉に、リラは顔も上げずに答えた。
「……もう、どうしていいかわからなくなっちゃったの……」
リラがそう言って唇を噛み締めて俯くと、ジュリアがそっとその肩に手を置く。自分と同じようにヒヤリとした手に、リラは安心感を得た。
「……私、ようやくフェリドのこと好きだって認められたのに……。コルレッドのこと、ようやく乗り越えられたのに……。それなのに、自分は実はルクタシア王だなんて、今更……。ずっと、私のこと騙してたの……」
「許せない、のですか……?」
いつになく固い声でジュリアに問いかけられて、リラは驚きに顔を上げた。ジュリアは声音と同じように、普段の彼女からは考えられないほどきつい表情をしている……。
「わからないの。ただ、ずっと騙されていたことが辛い、かな……」
ルクタシア王とは、離縁するつもりだった。元々、この旅に出る条件がそれだったのだ。だが、旅に出てからいくつも予想外のことが起きてしまった。コルレッドの死や、魔王に望まれていること、そしてフェリドに抱いた恋心だって……。そして、その結果彼女は悩むことになったのだ。ルクタシア王と離縁して、ルクタシアの衛兵長である彼と結ばれるなんて、そんなことは不可能だ。国王の婚約者に手を出したなんて話になれば、当然フェリドの立場はなくなってしまう。たとえフェリドを連れてトリランタに戻ったとしても、ルクタシアは隣国、ましてやトリランタを凌ぐ兵力を持つ大国である。攻め込まれてしまえば、勝ち目はなくなるだろう。駆け落ちなんて話もナンセンスだ。ルクタシアの国力を持ってすれば、おそらくハーバナントにでも逃げ込まない限り見つかってしまうだろう。だが、そのハーバナントには彼女を望んでいるという魔王がいる。結局、彼に対する自分の想いに気付いたからと言って、なすすべもない。リラはずっとそんなことを考えていたのだ。
しかし、彼女が一人そんな悩みを抱えていたのに、フェリドはそんなことを考えてもいなかった。それどころか、そんな悩みが無駄になってしまうような秘密を抱えていたのだ。そう考えると、自分があれこれと気を揉んでいるのを見て彼は楽しんでいたのではないか、そんなことを考えてしまうのだ。
「お姉様は優しいんですね……」
ジュリアがポツリと、いつも通りの優しい声音で漏らした呟きに、リラはほんの少し首を傾げて見せた。今の自分の考えは、むしろ卑屈だといわれても仕方のないものだ。もっと早く、自分が彼を意識する前にその秘密を教えてくれれば。そんな自分勝手なことを思って、彼を責めているのだから……。
「だって、今まで騙されていたことが辛い、なんて。辛いと思うということは、騙されていたことがわかても、まだフェリドさんが好きなんでしょう……?」
そう問いかけて来るジュリアから、リラは視線を反らした。それから、消え入りそうな声でうん、とだけ呟く……。そう、リラが最も怒りを感じているのは、自分自身に対してだった。今まで騙されていた、そんな重大な事実がわかっても、まだフェリドが好きなのだから……。
「それだけわかっているなら、十分じゃありませんか。今すぐにどうこう、なんて悩む必要ないと思いますわ。まだ旅は終わらないんです。その間に、ゆっくり考えてみてはいかがですか?」
妹の言葉が、一つずつ胸に落ちて、沁み込んで行く……。
「うん……そうね、ジュリアの言う通りだわ……」
そう言って、リラはその日初めての笑顔を見せたのであった。
どことなく気まずい朝食を食べ終わって、後片付けをし、一行がそろそろ次の目的地に向けて出発しようとしていた、その時だった。それまでの晴天が嘘だったかのように、辺りに暗雲が立ち込める。嫌な予感がした一行は、各々武器を構えて一か所に集まった。
「……急に天気が変わった……わけではなさそうね」
「ああ……間違いなくこの後に来るのは……」
リラの言葉の後を、フェリドが引き取る。そして、そこにジュリアの声が重なった。
「来ます!」
咄嗟に張った守護壁のすぐ横を、風の刃がヒュン、と鋭い呼気とともに走り抜ける。その軌道にあった一本の木が、直撃を受けてひしゃげた。その後、第二陣、第三陣が襲い来る。
「実に四百年ぶりの邂逅だな、我が姫よ」
その声に、フェリド、ジュリア、ティアナ、エルリックの表情が硬くなる。恐怖と空耳であって欲しいという祈りに縛られながらも、声の主を確かめようとする。自分たちの全身が、声の主とその存在を確認することを拒絶していた。
「この時を待ちわびたぞ、風空の姫」
視線の先に待ち受けていたのは、最悪の恐怖だった。
お待たせしました、47話、更新しました。ここまでお付き合い下さっている皆様、本当に、本当にありがとうございます。
何だか微妙な部分で切ってしまったかな、と少々反省しています。
卒論にかかりきりで、こちらには疲れた時に息抜きに顔を出す、という状態が続いています。でも、なかなか更新には繋がらず……。
本当に申し訳ありません。
1月末まではこんな調子になってしまうかもしれませんが、もしよろしければお付き合い下さい。