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風の記憶

 最初の記憶は、闇の中だった。大勢の人間が自分を取り囲んでいるのがわかる。

(人間……?)

 ふと、彼女は自分の思考に疑問を持った。そうだ、自分を取り囲んでいるのが、人間のはずはない。なぜなら、これは彼女が春の風を司る神として生まれた瞬間、彼女にとって最初の誕生の記憶のはずだからだ。

「哀しいことに、我々の力は落ちる一方だ……。もはや、この地に我等が存在することの方が間違いなのかもしれない。……この子が、おそらくこの世界に生まれる最後の神となるだろう……」

 ホウと、重いものを口から吐き出そうとするかのように、聞き覚えのある声の主が嘆息をこぼした。……声の主は、創造神だった。それに同調するかのように、周囲にも諦めによく似た重苦しい空気が満ちる。その居心地の悪い沈黙を破るかのように、彼女は小さくむずかってから体を引きつらせ、大声で泣き始めた。創造神が、そんな彼女を母神の腕から受け取ってあやす。その目元には、慈愛とほのかな諦めがにじんでいた。

「……この世界での最後の命に祝福を与えよう。……そなたたちも、どうだ?」

 創造神のその言葉に応えるかのように水、炎、光、闇、そして大地の一族の長が前に出て、小さな彼女の上に手をかざした。風の一族の長である彼女の母神もそれに倣って手をかざす。柔らかな七色の光が、暗闇に満たされていた室内をほんのりと照らす。

 この時、神々には知る由もなかった。自分たちがその行く末を嘆き、最後の神に全ての神の力を与えてしまったことで彼女がいかに苦しい生を送ることになるかなんて……。四千年の長きに渡る彼女の苦難は、これが発端となっているのだ。

 元から視界という言葉を用いるほどものが見えていたわけではないが、彼女はここで世界が暗転し、別の場所に自分の意識が引きずりこまれて行くのを感じた。


「……だよ。……てほしい」

(何を言っているの? よく聞き取れないわ。それに、この声……)

 暗闇の底に一度沈んでしまった意識が、胸の奥に懐かしさと安らぎを覚える声によって引き上げられる。ぼんやりとした光に吸い寄せられるかのように、彼女は浮上していった。

「どうしてあなたのような年若い神まで戦に出なければならないのっ?」

 気付けば彼女は、目の前の人物に向かってそんな言葉を投げかけていた。乳白色の光に覆われた世界が、次第に色を持ち始める。青紫の瞳が、穏やかな光を湛えて彼女を見つめ返していた。

「うーん……僕より若い君にそれを言われるのは、なんだか複雑だなあ……。仕方ないよ、リラ。人間たちの侵攻の勢いが強すぎて、このままじゃあ神々の楽園ここも攻め込まれるかもしれないんだ。そんなことにならないためにも、せめて和解するなり、無理なら人間たちを境界まで押し返すなりしないと」

 そう言って気丈に笑って見せる彼の様子が見ていられなくなって、リラは顔をそむけた。自分以上に人間を愛し、優しさを持って接してきた彼だ。心根が優しい分、今回の戦いによる彼の心の傷は深いはずだ……。

「大丈夫だよ、リラ。僕はそう簡単に死なないし、死ねない。ほら、一族の末子が、子孫も残さずに死ぬのはまずいしね。大地の一族が絶えるなんて、笑い事じゃないだろ?」

 彼女の不安を少しでも拭うために少しでも明るい話題を、明るい様子でという彼の想いやりに、胸がキュッと苦しくなる。どうして彼はこうなんだろう。普段は彼女をからかってばかりいるくせに、不安に駆られた時や泣きたい時に、いつもいつも優しさを見せるのだ……。そんな彼に自分ができることは、たった一つ。

「御武運を……」

 そう言って涙を見せないように、気丈に笑うこと。それが、彼女にできる精一杯だった。彼はそんな彼女の様子を見て柔らかく微笑むと、一角獣に跨ったまま彼女の頭をクシャクシャと撫でた。そして、そのまま空を仰ぐ……。

「……じゃあ、行くよ」

 そう言ってもう一度彼女を見つめて微笑む彼から、彼女は目を反らした。……本当は、行きたくないくせに。それでも自分に心配をかけまいとする彼の優しさが、彼女には辛かった。

「……ええ、気をつけて」

 一角獣の横っ腹を軽く蹴って駆け出した彼を、彼女は笑顔で見送ろうとした。それなのに、自分の意思とは関係なく涙は後から後からこぼれて来る……。

 大きく彼の背に手を振ってみせると、それに応えるかのように、こちらを見ていないはずの彼が大きく手を振り返した。

 ……どうしたって、叶うはずのない想いなのに。それなのに……。

 彼女の思考を占めていたのは、彼の無事を祈る想いと、誰よりも自分に優しい彼を恨む想いだった。

 お久しぶりです、霜月璃音です。

 長らくお待たせいたしました。私生活がようやく落ち着いて、やっと続きに着手することができました。長い間連載が止まっていたにも関わらず更新をお待ち下さった皆様、本当にありがとうございます。また、このように更新までの時間が空いてしまったことを深くお詫び申し上げます。

 あまりの忙しさにストレス性の(?)過呼吸を起こしたりと、一時期はパソコンに向かえるような状況ではありませんでしたが、何とか回復いたしました。

 これからは、無理をせず従来のペースで更新させていただきたいと考えています。

どうぞよろしくお願いいたします。

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