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二つの石板

朝霧が立ち込め、外は一面の銀世界となっていた。いや、その霧だけが銀世界を作り出している訳ではなく、地面を厚く覆っている雪もその一因となっていた。そこに、三つの人影と馬の影……。一人はずば抜けて背が高く、あとの二人は細い。

「始めはトリランタだったな。それなら、こちらの方角だ。」

彼女はそう言って、僅かにその形を霧の中にも覗かせている太陽に背を向けた。漆黒の髪を一つに結った、エメラルドの瞳の少女。顔立ちもはっきりとしている。

「そうですね、まだ日が昇ったばかりですから、あちらが西でしょうし。」

銀青色の髪に縁取られた白い顔の少女が彼女の言葉に同意して、馬の鼻先をそちらに向けた。そして最後にもう一人、背が高い、黒髪に青紫の瞳の青年が彼女たちに同意する言葉を発した。

「昨日の打ち合わせ通りなら、そうだな。まずはトリランタで、昨日城で見た石板の片割れと思われる石板に目を通してからだ……。」

彼女たちは昨夜、最初の行き先について話し合ってから各々休息に入ったのだった。この呪われた大地を救う方法が書かれていたという石板を、実際に読んでみてから……。その石板はトリランタにある物と逆の方が割れていて、リラはおそらくこの二つは一つの物だったのではないか、と考えたのだ。そこには、こう記されていた。


いつの時か

炎が水の手を取り

光と闇が抱き合い

風と大地がともに歩む

氷結の輪は、すなわち運命の輪

これを断ち切るは、精霊の子ら

各々精霊より授かりし

光持ちて始原の地へ向かう

清浄なる光、解放の時を待たん

この時、世界は原始の光満つ所となる

「この石板……右半分がないのか?」

リラのその言葉に、二人を古文書がある書庫まで案内して来たフェリドが頷いてから答えた。

「はい。国中の書庫を探しましたが、見つかりませんでした……。」

その言葉で、リラは確信した。

「トリランタに、ある……。」

「は?今、何と……?」

突如彼女が発した意味不明の言葉に、彼は首を傾げた。

「この片割れは、トリランタにある。この断面、おそらく間違いない……。私は、これの片割れを古代語の教材として使っていた……。」

「と言うことは、そこに書かれていることをご存じなのですかっ?」

彼がほんの少し身を乗り出した。どうやら、旅の手掛かりになることが書かれているのではないかと期待しているらしい。

「残念だな、あれには精霊の子について書かれているだけだ。旅の手掛かりになるようなことは何一つ書かれていない……。」

「そうですか……。もしよろしければ、その石板を見せていただけませんか?まずトリランタに行くことにして……。」

彼の眼差しは、真剣そのものだ。おそらく事情を話して聞かせれば、父は快く書庫を開けてくれるだろう。

「わかった、そうしよう。」

そう答えてから、リラは再び石板に目を戻した。それから、あることに気が付く……。

「前半の部分の意味はよくわからないな。よほどの天変地異でも起こせということか?」

その言葉に、フェリドは顔を上げた。そして、訝しげな表情で問いかけた。

「なぜそうおっしゃるのですか……?」

その言葉に、今度はリラが眉根を寄せた。

「おい、これから私たちはともに旅に出ることになるんだ。面倒な敬語はやめにしないか?それに、そんな言葉遣いをされては行く先々で私たちの身分が露見してしまう。あまり好ましいこととは言えないと思うが……。」

いい加減、彼の丁寧な言葉には苛立ちを感じていた。敬語というものは、あまり好きではない。別に、彼女は王女に生まれたくて生まれた訳ではない。だから……。コルレッドにも何度もそう言ったのだが、彼は頑として彼女の願いを聞いてはくれなかった。私は王女の臣下なのです、と……。

「わかりました。それでは、これからは平易な言葉で話させていただきます。」

そう言った彼は、再び石板に目を落とした。その言葉に、リラは少しほっとした。どうやら、これ以上イライラする必要はなさそうだ。それぞれに違う色の三組の瞳が、それを見下ろした。

「それで、どうしてそうだと思うんだ?」

よく聞けば、彼の声は何か独特の物があった。なんとも心地良い響きが耳の奥に残る、独特の声……。おそらくそれが、彼が大地の子であることを示す物なのだろう。精霊の子は、それぞれに精霊からの恩恵を示す特徴があった。リラのエメラルドの瞳や、ジュリアの真っ白い肌の色がそうだ。彼に与えられたのは、大地の深みがある、不思議な声……。

「ああ。精霊の子に相対する属性があるのは知っているだろう?それらは、関わってはいけない運命なんだ。」

「お姉さま、どこでそれを……?」

ジュリアが怪訝そうに訊ねた。そこで、リラもハッとする。

「……さあ、どうしてかしら?でも、なぜかそう思ったの……。」

そう言われてみれば、自分でも納得がいかない。なぜ自分は、そのようなことを知っているのだろうか?

「魂の記憶、でしょうか……。」

誰にも聞こえないようにそう呟いたジュリアだったが、すぐにまたその顔を上げた。彼女が一瞬沈んだ表情をしたのは、どうやら二人には気付かれずに済んだようだ。

「でも確かに、これを読めば世界を救ってくれと重臣たちが言った意味がわかるな。おそらく、トリランタで風の巫女が行った旅には、復活の儀式としての意味があったのだろう。ルクタシアはそれを行わなかったんだな。」

リラの言葉に、フェリドが頷いた。

「ああ。この石板を読めば、復活の儀式を行っても他の国が同じ目に遭うだけなのがわかるからな。それにこの国に石板がある以上、他の国が精霊の子によって救われる可能性があると知っているはずがない。それなら方法を知っているルクタシアでなんとかしよう、ということだ。」

「なるほどな……。それで、精霊の子が揃って誕生するのを待っていた、と言う訳か……。」

彼女の言葉通り、あちこちから聞こえてくる噂で、ここにいる三人の他にもう二人、ルクタシアの隣にあるラッツィに精霊の子が生まれていることがわかっていた。どの精霊の恵みを受けているのかはわからないが、有名な話なので間違いない。ラッツィに生まれた双子の姉弟は、二人とも精霊の子だということで、各国にその名が知られていた。ティアナ姫と、エルリック王子だ。

「その通り。まだ全員が確認された訳ではないが、これだけ多くの精霊の子が一度に生まれたことは稀、いや、前例がない。これは、神々がくれたチャンスだと言っても良い。」

「確かに、稀なことだな……。わかった、残りの二人を探すこともこの旅の目的としよう。」

そう元気に言って、彼女は軽く手を叩いた。どうやら、もう話は終了、と言うことだろう。

「それから、トリランタの後はラッツィだな。彼らにも助力を求めてみよう。どう動くかはわからないが、せめて聖具だけでも見つけてくれるように頼もう……。」

「わかった、そうしよう。さあ、ジュリア。明日から旅になるんだから、今日はゆっくり休んだ方が良いわ。おやすみなさい。」

リラのその言葉で、解散となった。これからともに旅をするのだ、無理に話さなくても、お互いのことを知る機会はいくらでもある……。白銀の世界を、明るい月が照らしていた。


そして、今日に至る訳である。彼女たちは、トリランタを目指して馬を走らせていた。昨日ルクタシアで、全世界に通用する通行証を発行してもらっていた。これがあれば、とりあえず入国さえ許されない、ということはなくなる……。

「……まさか、こんなに早くトリランタに帰れることになるとは思いませんでしたね。」

ジュリアが、隣のリラにぽつっと呟いた。その言葉には、複雑な笑顔が返って来た。確かに、彼女の心情は複雑に違いない。一度心を決めて別れた恋人のもとに、再び帰ることになってしまったのだから……。話せば、彼は待っていてくれるだろうか?彼女が、ルクタシアから自由になって再び彼の元に帰る日を……。軽く唇を噛んだ彼女を、次第に強くなってきた日差しが照らした。

こんにちは、異国恋歌~風空の姫~第四話をお届けします。

やっと旅に出てくれましたね。冒険ファンタジーにする予定だったので、一安心です。

相変わらず展開はのろいですが、少しずつ謎が出てきたりする予定なので、どうぞお付き合い下さいませ。

それでは、また第五話でお会いしましょう。ありがとうございました。

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