呪われた運命を持つ、罪深き恋人たち
「お前は何者だっ?」
語気を荒げてエリゼに向かって突進していくアノンワースだったが、その瞬間にエリゼの体から溢れ、膨れ上がった神気に弾き返され、遥か後方の自らが張った結界の壁に体を打ちつけた。そして、肩で荒い息をしながら起き上がる。
エリゼはアノンワースの様子を眺めながら、さも愉快だと言うように唇の端を吊り上げた。その眼光の鋭さ、輝きは、すでに人の子のものを逸脱していた。そして、ゆっくりと口を開く。
「下賤の身で我が名を訊ねるか? ……愚かな」
エリゼの声と別に、もう一人分の声が重なって聞こえる。いや、もう一人分、という表現も正しくないだろう。なぜなら、この声は……。
「創造……神……?」
ティアナの口から、エリゼから発せられるもう一つの声の主の名がこぼれた。まさか、そんなはずはない。創造神は、かつての大戦の折に生と死の狭間の世界に捕らえられてしまったはずなのだから……。だが、この声、この神気……。
「くっ……、おっ、おのれっ!」
アノンワースは、再び地を蹴って飛び出した。叶うはずもないとわかっているはずの相手に、なぜ向かって行くのか? 先程人の子たちに問いかけた問を、今は心の中で自分に向かって投げかけている。全身が目の前の圧倒的な威圧感を放つ相手を拒絶している。それでも、向かわない訳にはいかない。そんな気がするのだ。
「はっ、雑魚の分際で。己の不運を呪うのだな」
「グゥッ、ガァッ! ギャアアアアアアアア!」
エリゼの手のひらに一瞬、膨大なエネルギーが凝縮されたかと思うと、それは球形をとり、アノンワースへ向かって放たれた。それが彼女の体に着弾すると同時に一気に膨れ上がり、一瞬の収縮を経て、巨大な光の爆発を生み出す。眩しくて最後までその様子を見ることはできなかったが、爆音と光が治まった後にあったのは、元が何だったのかもわからないほど黒く焦げてしまった、アノンワースの体のみだった。一行がそれを確認したのと同時に、アノンワースが張った結界が音もなく解けるのがわかった。世界が失っていた音が、再び彼らの耳に戻って来る……。
「くっ……!」
そこでフェリドが身じろぎして、苦痛をその表情で訴えながらも目を開けた。それに気付いたエリゼが、こちらを振り返る。
「久しいな、大地の一族の末子よ」
「……創、造神……?な、ぜ……あなたが……?」
エリゼに視線を向け、声をかけながらも、自分は大丈夫だとリラに思わせたくて、彼女の頬に触れる。エメラルドの瞳が、わずかに安堵に揺れた。
「……この者は、本来我と同じ領域を漂う者。人の子の言葉では天使、と呼ばれる者だ。しかし、封じられた我が身を生の世界に解放するためのよりしろとして、我はこの者を生の世界に送り込んだのだ」
「で、ではエリゼはどうなってしまったのですかっ?」
胸の前で手を組み、祈るような姿勢で訊ねるジュリアに、創造神が宿ったエリゼは一瞬、笑みともとれる表情を浮かべた。
「お前は変わらぬな、水の乙女よ。案ずるな、この者は天使の転生とは言え、今は人の身。人の子の器に我の神力を長く封じ込めておくのは無理だ。我は此度のような事態にのみ生の世界に降り立つことにしている」
その言葉を聞いて、誰もが安堵する。だが、と創造神は重い声音で続けた。
「僅かな時とはいえ、我が身を人の子の器に降ろすのだからな、この者の消耗ははかり知れぬ……。人の子としての命の焔を削るようなものだからな……」
「なっ……?」
創造神のその言葉に、誰もが絶句する。エリゼが行ったのは、自分の命を削る、危険な神の召喚なのだ……。
「さあ、もう良いか? この者の負担を少なくするためにも、我は早々に去らねばならぬ」
最後に創造神は、もう一度リラとフェリドに視線を向けた。
「足掻いて見せるがよい。呪われた運命を持つ、罪深き恋人たちよ……」
最後にリラだけに注がれた創造神の視線は、慈愛と憎しみ、そして憐みが入り混じった、何とも複雑なものだった。ぶわりと一瞬、エリゼの体から途方もない神気が溢れ出したかと思うと、次の瞬間には彼女の体は力なくその場に崩れてしまった。
「エリゼっ!」
いち早くアランが駆け寄って、彼女の体を抱き起こす。
「た、大変です! 体が冷えて、氷みたいだ!」
アランは全員に向かってそう言いながら、エリゼの小さな手をギュッと握った。蒼白な顔で、呼吸が浅い。体は冷たいのに、額に汗が滲んでいる……。
「まずいわ! 魔力の使い過ぎでショック状態を引き起こしたのね! エルリック、すぐに火を熾して! とにかくエリゼを温めてあげなくちゃ!」
アランの隣に駆け寄ったティアナはエルリックにそう指示を出すと荷物の方へと駆けて行き、毛布を引っ張り出して戻って来た。そして、その毛布でエリゼの体を包んでやる。隣にやって来たジュリアが癒しの魔法でエリゼの苦痛を和らげようとする。何とか容体が落ち着いたらしいことを見てとってから、リラはフェリドに視線を当てた。
「……あなたは? 平気?」
不安に彩られた声音での問いかけに、フェリドは薄く笑みを浮かべて答えた。
「大丈夫だよ、問題ない……」
確かに彼の言う通り、唇の色も戻って来たし、顔の血色も良くなってきていた。それから、まだ彼を強く抱きしめたままだったことを思い出して、赤い顔をしながらぱっと腕の力を緩め、彼から若干距離を取る。
「どっ、どうしてあんな無茶をしたのよっ? こ、こんな怪我で! 危険すぎるわ!」
「無茶でも何でもしないと、君が連れ去られてたかもしれないだろ?」
まったく悪びれた様子もない優しい笑顔でそんなことを言われては、彼女も二の句を継げなくなってしまう。ふいと顔をそむけて、もうあんな無茶をしないで、と言うのがやっとだった。しかし。
「どうしようかなぁー?」
彼は、彼女の先程の言葉にそんなふざけた返答をした。リラが怒りだす前に、続きを口にする。
「だって、また無茶して君を助ければ、またこうやって君が抱き締めてくれるかもしれないだろ? どんどん無茶しなきゃ!」
彼のその言葉を受けて、リラは耳まで真っ赤になってしまった。しばらく口をモゴモゴとさせてから、やはり怒り出す。
「ばっ、馬鹿ね、何言ってるのよ! これは今回だけよ! 一回限りなのっ!」
そんなかわいらしい彼女の様子を見て、フェリドは軽く吹き出してしまった。それから、あまり意地悪をしては可哀想だなと思って、最後の一言、と心に決めてから口に出す。
「はいはい。あーあ、残念だなぁ……」
「残念じゃない!」
そう言って再び怒りだす彼女に笑顔だけを向けて、フェリドはエルリックが熾してくれた火のそばへと歩いて行った。後に残されたリラが、複雑な表情を浮かべて自分の腕を見つめる。
「呪われた運命を持つ、罪深き恋人たち、か……」
創造神が残した言葉を、一人口にしてみる。どういう意味なのかはわからなかったが、この言葉は、そのまま彼女の頭の隅で鳴り響いていた警鐘の答えでもあるような気がしていた。
まさかの二日連続投稿です。随分と長い副題をつけてしまいました……。
最近色々と逃げ出したくなるので、自分が書いてるお話の世界に逃亡しています……。ゼ、ゼミが……。
あり得ない程の不定期更新ですが、今後もどうぞお付き合い下さいませ。
どうもありがとうございました。