創造神
「外観に比べて、随分広いわね……」
外では不毛で地味、かつくだらない戦いが繰り広げられている時、先に神殿に入った三人は、すでに神殿内の探索を真面目に開始していた。
「あ!」
エリゼは何かに引き寄せられるかのように駆けて行き、閉ざされた古い木の扉に手を伸ばした。その瞬間、リラは何かを察知した。
「エリゼ、ちょっと待って! そこはダメ!」
リラの制止を聞かず、エリゼは思い切りその扉を開いた。ギィ、と軋んだ音が侵入者を拒む静寂の中に響き渡る。
「伏せろ!」
アランがそう言って、エリゼを床に押し倒した。
ヒュンッ! 一瞬遅れて、鋭い呼気が彼女の耳元を通過する。一瞬前まで彼女が立っていたその場所に、銀の矢がピンと突き刺さっている……。石造りの床の小さな破片が、辺りに飛散した。
「アラン、さすがね。よく気が付いたわ。エリゼ、大丈夫?」
「リラさんのおかげですよ。エリゼに先に注意してくれたでしょう? あれがなかったら、俺も気付きませんでしたよ……」
リラの言葉に答えながら、アランは自分が床に押し倒したエリゼも引き起こした。エリゼは、半分放心状態になっている。
「ちょっとアラン! 怪我してるじゃない!」
リラのその声でハッとエリゼも我に返り、自分を助けてくれた彼の腕を見下ろした。
「アラン、血!」
「大丈夫だ、かすり傷だよ。ちょっとよけ損ねただけだ。それより、もう一人で突っ走るなよ。危ないっていうのがよくわかっただろ?」
「……ごめんなさい……」
素直に謝る彼女の頭をポンポンと撫でてから、アランはニコリと笑って見せた。その腕に、リラが簡単な止血を施してやる。
「でもエリゼ、そこが目的地なんじゃないかしら? 祭壇、みたいな物があるけれど……」
キュッと結び目をきつく締めて、リラはエリゼにそう言ってから先程の部屋の中を見た。
そこだけピタリと時の流れが止まっているかのような、静寂……。しかしそれは決して不気味さを感じさせるようなものではなく、むしろ時の雄大さというものを感じさせた。
「っ! そうみたい! 私、行かなくちゃ!」
エリゼはそれだけ言い残すと、ふらりと先程の祭壇がある部屋の中へと姿を消した。彼女が部屋に入ったその瞬間に、独りでに扉が閉ざされる……。その荘厳な音は、今まで見て来たすべてを残された二人に語りかけるかのようでもあった。
「腕、大丈夫?」
リラの問いかけに、アランは気持ちのいい笑顔で答えた。
「大丈夫ですよ、エリゼにも言いましたけど、かすり傷です。それより、エリゼは……?」
「……わからないけれど、精霊の御導き、といったところじゃないかしら……」
彼女が消えた扉の向こうを、二人は並んで心配そうに見つめた。
「うん……」
「目覚めたか」
その頃、二人が自分の身を案じていることを知らないエリゼは、まばゆい光の中で目を覚ましていた。どこかに聞き覚えのある、懐かしい声……。
「ここは……」
「生きる者と死せる者の世界の狭間だ。お前は、なぜ自分が生きる者の世界に産み落とされたか、覚えているか?」
まばゆい光につつまれた、真っ白な世界。そう、自分が本当にいるべき場所は、ここ……。それなのに、生の世界に自分が生まれた、理由は……。
「……はい」
エリゼはそう答えてから、声の主の姿を探した。いるはずだ、まばゆい光の向こう側、神の玉座に腰掛ける、神々しくも恐ろしいその姿……。
「創造神様……」
彼女のその呼びかけに答えて、創造神は唇を笑みの形に、ゆったりと持ち上げた。
「本来天使としてこの世界をゆったりと漂うはずだったお前を、蝕まれゆく世界を救うために生きる者の世界へと送ったのだ。お前は、私のよりしろとなるべき者……。……覚悟はよいな?」
「はい、創造神様。私の体を、生の世界への足がかりになさるおつもりでしょう? 創造神様は、ここから離れることができないから……」
彼女のその言葉に、創造神は人の世界で言う自嘲気味な笑みを浮かべた。
「悔しいことに、その通りだ……。彼の者が私をここに封じて久しい。だが、その間に私も打つべき手は打った」
それから創造神は、どこか遠くに目を向けた。おそらくその視線の先にあるのは、未来……。
「……お前を含めた全ての精霊の子たちが揃って生まれた。世界は変革の時を迎えている。私も、いつまでもここに縛り付けられている訳にはいかないからな……」
エリゼがその言葉に強く頷く。それを見た創造神は、ひどく緩慢な優しい動作で笑みを浮かべた。その顔は、その外観や纏っている神気とは似ても似つかない、穏やかなものだった。
「……覚悟は、できているようだな……」
玉座から立ち上がった創造神は、ゆっくりとエリゼに歩み寄った。足音も衣擦れの音も一切させず、ただ、ゆったりとした歩調で……。それからゆっくりと、彼女の頬に手を伸ばす。
「これよりお前は、生きる者の世界での私のよりしろ。変革の時を迎える世界をともに見つめようではないか……。……」
最後の言葉は、エリゼには聞きとることはできなかった。すうと、意識が暗闇の中へと引きずりこまれていく……。最後に残った記憶は、彼女を見つめる、慈愛に満ちた眼差しだった。
キィ……。
今度は、先程軋んだ荘厳な音を立てた扉は、控えめな音をさせて開いた。
「エリゼ! 大丈夫か?」
心配そうなアランの声に、彼女はいつもよりも少し、弱々しい印象を受ける笑みで答えた。
「うん。ちょっと頭ぶつけちゃったみたいだけど、平気……」
そこに、外にいた「チーム役立たず」がようやく追いついてきた。フェリド、ジュリア、エルリック、ティアナの順に並んでいる……。
「どう? 何かわかった?」
フェリドは、リラの迫力ある怒りの眼差しに恐る恐るそう訊ねた。直後にリラは、怒気を纏っているにも関わらず、この世の花では到底及ばない程の美しい笑みを浮かべる。
「どう、ですって? 今更何しに来たの? もうエリゼは試練を受けて、とっくに戻って来てるわよ? ああ、知らないわよね。入口でじゃんけんに夢中になっていたみたいだし」
「ご、ごめん、リラ。ただ、これにはふかーい事情が……」
青い顔で必死に言い訳の言葉を探すフェリドだったが、弁解の余地はないらしい。リラは、ふいっと彼から顔をそむけてしまった。
「テ、ティアナ、何とか言ってくれよ……」
「無理よ。だってあなたが真剣にじゃんけんをしてたのは真実じゃない」
ついには一緒にじゃんけんに熱中していた他の面々からも見捨てられる始末。誰にも救いの手を差し伸べてもらえないということがわかったフェリドは、そこで大きく溜息をついて肩を落とした。
「わかったよ、全部僕が悪かったんだ……」
真実落ち込んで見せる彼の様子を見て、一同は静寂に満ちていた神殿中に響き渡るような声で笑った。
一際明るい笑い声を立てるエリゼの指では、精霊の聖具である、時の指輪がキラリと輝いた。
こんにちは、霜月璃音です。
普段より早いペースで次話をお届けすることができました。とても嬉しいです。
エリゼにどういう変化がでるのかは、次の戦闘シーンであきらかになるかと思います。ぜひ注目してあげて下さい。