実は悪女?
「ここが……時の神殿?」
「……何か、ちょっと気持ち悪いね……」
「馬鹿ね、エルリックー! こう言うのは、神秘的、って言い方をするのよ!」
感じ方は人それぞれでいいんじゃないかな、と心の中でティアナの言葉に反抗しながら、フェリドも他の皆と同じように神殿を見上げた。白い石造りの神殿には蔦が何重にも絡み付き、さらに神殿自体が、深い霧に包まれている。どこからか水のせせらぎが聞こえて来る。おそらくは、神殿の裏手に小川でもあるのだろう。しかし、普段なら心穏やかになるその水音も、今は神殿そのものの不気味さを醸し出す道具の一つとなっていた。
「これ……どこかから中に入れるんでしょうか?」
「どうでしょうね? この蔦を突破するのは、かなり骨が折れると思いますよ……」
ジュリアの問いかけにアランが答えている陰で、フェリドとティアナが目配せだけの作戦会議を終了させ、ティアナがふと神殿の周りを探索する足を止めた。
「そう言えば、お腹空いたわねー」
「そうだね、そろそろ昼食にしても良いかもしれない。アラン、食事当番を頼めるかな?」
「お安い御用ですよ」
アランは昼食作りを快く承諾して、背中から荷物を下ろした。他の皆も、自分が持っている物の中から昼食作りに必要であろう物を取り出す。
「うーん……エリゼとリラは、アランの手伝いをしてくれるかな? 僕らはもう少しこの辺りを見て来るよ。ここに間違いないんだろう? エリゼ?」
「うん、まだ遠くからだけど、何かに引っ張られてる感じはする。でも、もっと奥に行かなきゃダメみたい……」
「あーら、ガキンチョが珍しく大人しいわね」
ティアナの嫌味に食いつくこともなく、エリゼはふいと顔を背けてしまった。
「ちょっとー、あんたがここで何も言わなかったら、私が弱い者いじめをしてるみたいじゃないのー!」
「ティアナ、皆いつもそうだと思ってるから、今更気にすることないと思うわ」
リラが爽やかな笑顔を向けて言ったその言葉に、ティアナはたじたじになってしまう……。
「リラ、最近どんどん性格が歪んで来てるわよ……」
「あら、誰かに似たのかしら?」
「リラー! 君は本来そんな子じゃないはずだ! もっと可憐で、清楚で、優しくて……」
「さようなら」
フェリドの必死の懇願からもひらりと身をかわしてしまう。どうやらこの旅で、新しい何かをつかみ始めた者もいるようだ……。
「ねえ、ところで、誰かこの神殿の入り口知らないの?」
三人に危険な昼食作りを任せたフェリド、ティアナ、ジュリア、エルリックの四人は、それぞれの前世の記憶というものを照らし合わせれば入口を思い出せるのではないかと思って、ひそひそと四人で作戦会議を行っていた。
「私は……残念ながら地上に降りた時もここには来ていませんので、何も知りません。ここに来たのは、初めてなんです……」
「僕もだよ。だってここって……創造神の神殿、だよね……?」
「そうよ、それが問題なのよ! そんな恐ろしい所、普通に考えたら誰も近寄らないわよー!」
「ティアナ、しーっ!」
フェリドは唇に人差し指を当てて、エリゼたちの様子を柱の陰から窺い、それからまた話に戻った。
「ここは確か、人間との対戦の時に、地上に創造神の威光を示すために立てた神殿だろ?」
「そうよ! あんた軍神とか呼ばれてなかった? なんでそのあんたが神殿の入り口も知らないのよ?」
ティアナの言葉を受けて、フェリドはこめかみに指を当てて唸った。
「それが……入口の所、一番蔦が茂ってて、とてもじゃないけど突破できそうにないんだよね……。それでついでに別の入り口を探してたし、思い出そうともしてたんだけど、全然ダメで……。そこでだよ、エルリック」
「……嫌だよ……。そんなことしたら、僕は今日の内にきっと雷に打たれて死ぬことになるからね」
「でも、それが一番手っ取り早いわよ」
「やりませんよ、姉さん……」
彼らが揉めているのは、エルリックが炎で蔦を焼き払ってはどうか、という突破法についてだった。フェリド、ティアナとしてはそれが一番早くかつ正確な方法なのでぜひ実行に移したいのだが、とうのエルリックが、創造神の怒りを恐れて断固拒否している、といった状態なのだ。
「そうですか……」
……だがここに、エルリックの意思を曲げられる者が、一人。
「残念ですね……。困りましたが、他の方法を探しましょうか? 何かいい方法があるといいのですが……」
その事実にいち早く気付いたのは、ティアナだった。
「そうよね、ジュリア。ごめんなさい。エルリックが情けないからこんなことに……。困ったわねー。ジュリアがこんなに困ってるのに、エルリックは助けてもくれないのねー……」
「い、いや、そういう訳じゃ……」
そこでフェリドも、ティアナに悪乗りした。普段自分が虐げられているせいか、非常に楽しそうだ……。
「そうだよなー。僕だったらリラが困ってるなら、創造神の神殿でも、地震で崩す位するかもなぁ……。それなのにエルリックは、入口の蔦も焼いてくれないのか……」
そしてこれは意地悪な二人には計算外だったのだが、ジュリアの押しの一言。
「ダメですか、エルリック……?」
困ったようにほんの少し首を傾げて見せる様子が、またすごい。ティアナもフェリドも、ジュリアが計算してやっているのではないかと一瞬疑ってしまったほどだ。
「うっ……。わ、わかった、やるよ! そうだよね、ちょーっと入口の雑草を焼いて、ちょーっと御邪魔するだけだもんね!」
「そう、そうですよ、エルリック!」
二人で盛り上がるバカップルをしり目に、ティアナとフェリドの二人は溜息をついた。
「……ジュリアって、意外と悪女なのかもね……」
「……あり得るわね……」
とりあえず次の見通しが立ったので、二人はバカップルを置いて先に食事当番たちの元に戻って行った。その背中がやけに疲労感に満ちているのは、きっと気のせいだろう……。
こんにちは、霜月璃音です。
やっと一話書きあがりました……。
メンバーの意外な一面(?)と言うものが出せたお話かな? と個人的に考えています。
遅くなってしまって大変申し訳ありません。
相変わらずの遅筆ですが、見捨てずお付き合いいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。