織物
「ダメ、か……」
フェリドがホウと溜息をついて、馬の背に跨った。他の皆も、一様に落ち込んだように馬に乗る。
彼らはたった今、クラータの王城から出て来たところだった。これから街の宿屋にアラン、エリゼの二人を迎えに行って、この国を後にするのだ。
一行の顔色が優れないのは他でもない、闇の子がこの国でも見つからなかった、ということが原因だった。ハーバナント行きがますます濃厚になって来たので、自然と彼らの足取りも重いものになってしまっていた。
「ほら、いつまでも暗い顔してたって仕方ないですよ! 時の聖具、でしたっけ? この国にある時の神殿への立ち入りの許可はもらえたんですよね?」
宿屋に戻って来たリラ、ジュリア、フェリド、ティアナ、エルリックの話を聞いたアランは、彼らを精一杯元気付けようとしてそう言った。いくらか顔色を明るいものにもどしながら、 ジュリアが笑う。
「ええ、もちろんです。……そうですよね。まだシンナンとホーゼリアが残っていますから、暗くなるのはちょっと早いですよね!」
「……そうだね、ジュリア。ジュリアの言う通りだ!」
「余所でやりなさい、バカップル!」
エルリックの言葉に嬉しそうに笑って見せるジュリア、そしてその二人にティアナが呆れたようにそう言うと、その場に笑いが溢れた。
その後、一行は宿屋を出て街道沿いに南下することにした。次に目指すのは、この大陸最後の国、シンナンだ。
「シンナンって、確か……」
リラが記憶の紐を解くように紡いだその言葉に、フェリドが続けた。
「ああ、僕らの国とは少々違う発展の仕方をした、面白い文化の国だね。言葉も違うし、精霊に対する信仰もない。彼らの場合は、この世の根源を作り上げているものは四神と呼んでいるらしいね」
彼のその言葉に頷いてから、リラももう一言、付け足す。
「私、あの国の織物が大好きなの。ほら、色もとても鮮やかだし、どれをとっても華やかでしょう? トリランタではあまり好まれないものだったけれど……」
質素なものが良いとされ、見た目の華やかさよりも質の良さが重視されるトリランタでは、シンナンの織物はあまり好まれていなかった。しかしリラはその華やかさ、煌びやかさ、そしてその中に表現されている自然への畏敬の念をいうものを感じ取るのが好きで、友好の証として毎年贈られてくる織物を毎年楽しみにしていた。
「ルクタシアではかなり重宝されていたよ。ラッツィは?」
ティアナとエルリックの姉弟が顔を見合わせてから、ティアナが口を開く。
「そう言えば、毎年どこにやってるのかしらね……?」
エルリックが呆れたように溜息をついてから答えた。
「……姉さん、知らないの? 毎年姉さんの服になってるじゃないか。後は、母上の」
「ふーん、実はシンナンの織物がどんなのだったか知らなかった、とか?」
フェリドの得意気な顔に、ティアナが思い切り反発した。
「な、何よ? しっ、知らない訳ないじゃない! 失礼しちゃうわね! そそそ、そうね。そう言えば、毎年ドレスなんかに使ってもらってた気がするわ」
「その年でもの忘れかー、大変だな、ティアナ!」
「あーっ、あんなところに空飛ぶ織物っ!」
「へっ? どこどこっ?」
ティアナの古典的な罠にはめられたフェリドの鳩尾に、強烈な突きが見舞われた。あまりにも突然なことだったために、フェリドは馬上で大きくバランスを崩し、何とか落馬の危機だけは回避したものの、そのままむせ込んでしまった。
「い、今のは……ゴホッゴホッ、ひどく……ない? ゴホッ!」
「何よ? 騙される方が悪いのよ。わかった?」
そう開き直って見せるティアナに、フェリドはまだ恨みがましい目を向けている。その横で、リラがポツリと呟いた。
「確かに……。今のなんて、普通は騙されないもの。騙された方が悪いのかも……」
「うううっ……」
彼の行動を一刀両断するその言葉に、フェリドはただ落ち込むしかできなかった。
お久しぶりです、霜月璃音です。
やっと春休みが始まりました……。それまでのレポート地獄が長かったです。
今回は、何となく聞き覚えのある地名が出て来ていたり(初めて聞いた方、ごめんなさい!)しています。
またまた短いお話となってしまいましたが、ここまでお読み下さっている皆様、どうもありがとうございました。