聞けない続き
「こっちだよ、皆!」
エルリックと、留守番組だったアラン、エリゼが一行の荷物と馬を密かに旅の一座から持ちだしてくれていたようで、走って来た四人は馬に飛び乗った。
「ちょっと、リラ!その格好のままで平気なの?」
「何とかなるわ!心配しないで!」
ティアナの声にしっかりと答えてから、リラは手綱を強く握りしめて馬の横っ腹を蹴った。
「うわー、さすがね。」
その見事な騎乗ぶりに感心しながらも、ティアナも同じように馬を走らせた。
「少し走ったら休憩にするから、とりあえずその格好で我慢してくれ!」
フェリドはそう言って先頭を走った。闇の中を、七つの影が疾走する……。
一時間ほど馬を疾駆させた一行は、身を隠すのによさそうな林を見つけて、その中に入った。リラ、ティアナ、ジュリアの三人が離れた木陰まで歩き、リラの着替えをする。
「ああ、もう!旅服に慣れちゃったら、ドレスって面倒ね!」
文句タラタラで戻って来たリラに、全員が笑って見せる。とりあえず、そこで仮眠をとることとなった。夜の空気の冷たさが、身にしみる。リラは、ずっと寝つけずにいた。一人静かに、夜の闇の中に身を起こす。
『あれ、フェリド、起きてる……。』
闇に慣れた彼女の目に、ふと彼が本を読んでいる姿が映った。本を月の光に透かしてページを捲る長い指、それを見て高鳴る自分の鼓動に、リラは理不尽さを感じた。こっそりと立ちあがって、少しずつ彼との距離を詰める。木陰に隠れて、彼女の足が止まった。
『うう、どうしよう……。抱えて逃げてくれたんだし、お礼位言わなきゃ……。で、でも、どうしよう?何て話しかければいいの?』
足音を殺して歩いたので、彼の方から自分に気付いてくれることもないだろう。そんなことを悶々と考えながら、彼女はしばらくその場に立ち尽くしていた。彼女が困り果てて、歩くに歩けず、戻るに戻れなくなったその時。
「で?リラ?君はいつまでそんなところに隠れている気?」
「きゃあっ!」
突然彼に話しかけられた彼女は、その場に本当に飛びあがって驚いた。本から目を上げてその様子をみたフェリドが、柔らかく目を細める。
「そんなに驚くことないだろ。ほら。」
そう言って、自分の隣をトントン、と手で叩く。リラはあまりにもひどい反応のし方をしてしまったな、と少々気恥ずかしさを感じて、ほんのりと頬を染めて彼が指定した場所に座った。
「ど、どうしてわかったのよ?足音だってしなかったでしょう?」
俯いて口を尖らせ、いかにも気に入らないというように彼に問う。彼女がそんなかわいらしい態度を取るのは珍しいな、と思い、フェリドはまた笑みをこぼした。
「足音はしてないけど、ほら、君がいたのは風上だろう?百合の匂いがしたからね、すぐにわかったよ。」
リラの髪、体から香る、僅かな百合の香り。フェリドは、そんなもので背後に彼女が立ったことを判断していたのだ。
「それで?何か用ですか、姫君?」
「あ、あの、えっと……。」
いざ言おうと思うと、口がうまく動いてくれない。上唇と下唇がくっついてしまったような気がする。リラがそんな風にまごつく様子に、フェリドは何事かを察して微笑んだ。
「君を抱えて逃げたことは、気にしなくていいよ。考えてみれば、あれは僕の作戦が悪かったんだ。当然ああいう服に着替えさせられることを想定しなきゃならなかっただろうし、リラは普段ベタベタさせてくれないから、ああいう時でもないと、ね。」
バキィッ!フェリドの顔面に、リラの拳が深く埋没した。数瞬後に、彼の方からパッと離れる。
「いたたっ!な、何も殴ることないだろー?」
「顔がいやらしいのよ、顔が!」
「そ、そこまで言うことないだろ?大体、この顔で今まで多くの女性を虜に……。」
「へぇー、その変態です、って書いてあるような顔でね。」
リラにそこまで言われては、フェリドはぐうの音も出ない。一人どことなく落ち込んだそぶりを見せる彼に、リラは少々申し訳ない気がしていた。
「あ、でも、まあ……。ありが、とう……。」
真っ赤な顔で、彼とは決して視線を合わせないように横を向きながら。それでも彼女が口にした、心からの感謝の言葉。フェリドはそれに優しげに微笑んで、彼女の髪に手を伸ばした。いつもなら変態、の一言でパッと身を翻されてしまうが、今夜の彼女は大人しく彼にその髪を撫でさせた。
「っ……!」
ふとフェリドと視線が合って気恥ずかしさを感じたリラは、慌てて話題を探した。
「あ、さっ、さっき、何の本読んでたの?」
頬が真っ赤なのは自分でも気付いていたが、それ以上に、彼に引き込まれそうになる自分をどうにかしたいと思って、彼女は足元に落ちていた本を手に取った。
「あ、これ……。」
「トリランタ出身の君なら知ってるよね?君の祖国に伝わる、風の巫女の伝説だよ。何か旅のヒントになることはないかと思って読んでたけど、全然ダメ。ほら、考えてみたら、この通りに復活の儀式をやっても、またどこかの国が雪に閉ざされるだけなんだ。そんなこと、もう終わりにしたいからな。」
「そうね……。」
そう肯定の返事をしてから、ふと彼と目線が合ってしまった。青紫の瞳は、堪え難い何かを持っている。
「リラ、この旅が終わったら……。」
「も、もう寝るわ。おやすみなさい。」
フェリドの言葉を途中で遮って、リラはさっさと自分の寝床に戻ってしまった。彼が何を言おうとしてくれたのかは、わかる。だからこそ、続きを聞きたくないと、聞いてはいけないと思ってしまった。聞けば、必ず応えてしまう。それは、自分を護って亡くなった人に対する、裏切りになってしまうのだ。
『苦しい……。』
ギュッと眉根を寄せたまま、彼女は眠りについた。
お久しぶりです、霜月璃音です。
更新が遅れてしまって申し訳ありません。もっともっと頑張ろうと思いますので、どうか今後もお付き合い下さいませ。
ありがとうございました。