旅の一座
「あれ、ですかね。」
アランが前方を指差してそう呟いた。一行の七対の目は、皆同じ方向に向けられている。
「ああ、間違いないようだな。まだいてくれてよかった。」
フェリドが手をかざして、確認を取った。その髪が、風に吹かれる。
「いいかい、リラ。くれぐれも無理はしちゃダメだ。あんまり無理なことを言われたら、断わってもいいんだからね。」
「わかってるわよ、フェリド。もう何回も、耳にたこができる位聞かされたわ。」
そう言ってフードを取った彼女の髪は、優美な銀色をしていた。彼らの正体が、露見しないようにという配慮のためである。他にも、ティアナが茶色、エルリックとジュリアが黒(どうせ染めるならジュリアとお揃いがいい、とエルリックがわがままを言った)、エリゼの鮮やか過ぎる赤毛は目立ち過ぎるということで、暗い灰色に染められていた。フェリドとアランは、そのままになっている。アランは元々目立ちにくい茶髪で、一般人であることが理由となっているが、フェリドは髪を染めることをティアナに猛反対されたのだ。
「僕もティアナにダメだしされなきゃ、リラと同じ色に染めたのになぁ。」
「銀ならまだいいけど、あなた、その色以外はかっこ悪過ぎて話にならないわよ。」
あまりにも直球すぎるその言葉に、フェリドは何も言い返せなかった。
「お兄ちゃんをいじめないでよ、おばさん!」
兄を庇うつもりのけなげな妹は、地雷を踏んでしまった。
「もう一度言ってみなさいよ!どこの優しいお姉さんを捕まえてそんなこと言ってるのよ?」
「優しいお姉さん?リラとジュリアのことかしら?他にそんな人いないわよねー!」
「おのれガキンチョー!」
相変わらずの喧嘩に、五人がそれぞれ溜息をついた。
「すみません。」
フェリドの呼びかけに、中年の男性が気付いた。無精髭を生やした、いかつい感じの男だ。
「何か用か?明日の出発の準備で忙しいんだ。祭りに来てくれっていうなら、その後になるぜ。」
「いえ、違うんです。僕たちを一緒に連れて行ってくれませんか?」
「は?」
あまりにも直球過ぎる言葉に、男性の方も言葉を失う。それを確認したフェリドが畳みかける。
「実は僕たち別の一座に加わっていたんですが、食事も休息もまともに与えてもらえない、おまけに雑用ばかりというひどい扱いを受けていまして、先日、我慢しきれなくなった者たちで抜け出したんです。」
そこで言葉を区切ってやると、男は一同を見渡した。エリゼが絶妙のタイミングで目を潤ませる。実際の年齢よりも幼く見える彼女のその表情は、相当な説得力を持っているように思えた。
「僕たちだけでも何とかしようと思っていたのですが、この人数じゃあ仕事も来ませんでした。このままでは路頭に迷うことになる、そう思っていた矢先にこちらに度の一座がいらっしゃると聞いて、あわよくば、と思って駆けつけたのです。それに。」
フェリドが、深く被ったフードを脱ぐようにリラに合図をした。白い手がフードにかかり、必要以上に時間をかけて滑り落ちて行く。銀の髪とともに現われたのは、透き通ったエメラルドの瞳と、紅の唇……。今まで黙って話を聞いていた男が、ハッと息を飲んだ。
「彼女を埋もれさせるのは、実に惜しい……。」
フェリドの押しの一言。しばらく二人を交互に眺めていた男は、やがて何事かフェリドに呟いて行ってしまった。
「今、なんて言ったの?」
リラが、男の後ろ姿を見送っているフェリドに問いかけた。
「座長に話をつけて来るから待っていろ、だってさ。ほら、あれがそうじゃないかな?」
フェリドの指差す先に、先程の男と、初老の老人の姿があった。彼らは真っ直ぐにこちらに向かって歩いて来て、老人はリラを品定めするかのように、不躾に眺めた。
「ほほう、こいつはなかなか……一国の王の寵愛を受けていてもおかしくないな……。」
それから一つ咳払いをして、フェリドの方に向き直った。
「この中での責任者はお前か?」
「はい、僕です。」
言葉の端にどことなくとげとげしいものが感じられるのは、先程のリラを見つめる視線のせいだろう。しかし男二人はそんなことには全く気付かず、二人で何やら話しこんでいた。そして。
「よろしい、君たちをうちの一座に入れてあげよう。食事や休憩のことは保証するが、多少の雑用はこなしてもらうこととなる。何しろ新入りだからな、そうでないと皆が納得しないだろうからね。いいな?」
「はい、ありがとうございます。」
フェリドの感謝の意が全く籠っていないお礼の言葉に満足したようで、老人の方はいなくなってしまった。無精髭の男の方が、一応これからの方針を聞かせてくれる。
「俺たちはこれから、この国の城で開かれる式典に行くことになっている。わかったな。とりあえずあたりを見て回って、適当に皆に挨拶をしておけ。」
「はい。」
男の後ろ姿を見送ってから、フェリドが六人を振り返った。
「次はアークの城だそうだ。願ってもないな……。」
順々に皆が頷くのを眺めてから、彼も皆に頷き返した。真夏の風が、七人の頭上を吹き抜ける。
久々の更新になってしまいました。申し訳ありません。
そろそろ謎解きの方に入って行きたいのに、書きたい場面が多くてもう少し後になってしまいそうです。
気長にお付き合いいただければ幸いです。
どうもありがとうございました。