変化
無事大地の剣を手に入れた一行は、この国に入国した際に通った、港町を目指していた。大きな街だったので、必要としている物が見つかるだろうと考えたためだ。ここに来て、フェリドがある変化を見せていた。
「ダメだ、リラ。君に踊り子の役をやらせるなんて、僕はどうかしていたんだ。頼むからやめてくれ。」
「今更何言ってるのよ!フェリドのくせに!」
リラにそう言い続けるフェリドに、女王様その一がついに怒りを爆発させた。
「私も望んだ訳じゃないけれど、それが一番良い方法だってずっと言ってたの、フェリドじゃない。急にどうしたのよ?」
ティアナ、ジュリア、エルリックは理由を理解していたが、覚醒前のリラには、わかるはずもない。しかし。
「覚醒前と後で、こうも違うものかねー。」
ティアナが隣にいるジュリアにしか聞こえない声でそう呟いた。それを聞いたジュリアが、仕方なさそうに眉を寄せて笑う。
「本当ですよね。街で女性に声をかけることもやめたようですし、別人のようですね。」
彼女のその一言で、ティアナもはっとした。そう言えば、やけに最近の旅がスムーズになったのは、そのせいか。納得して一人で何度も頷く。フェリドが道行く女性に話しかけていた分のロスタイムが、大幅に減ったのだ。
「今まで、いかにあいつが足を引っ張っていたかが、露見したわね……。」
呆れ顔で二人で頷き合う。それを他所に、フェリドはまだリラを説得しようと試みていた。
「ダメだ、リラ。絶対にダメだ。君のそんな姿を他人の目に曝すなんて……。」
ズルズル。夏風邪でも引いたのだろうか、鼻水が……。その色は、赤。エメラルドの瞳が、怒りを宿して苛烈に輝いた。バキィ!強烈な蹴りが、フェリドの横っ腹を襲う。
「ティアナ、手伝って!この変態を砂漠に埋めるから!」
「了解ー。」
「何考えてるのよ、変態!なんだかんだと言いながら、一番いやらしいこと考えてるの、あなたじゃない!」
「誤解だよ、誤解!リラっ!」
こんな調子の二人だったが、その関係にも変化が見え始めた。フェリドの方は言うまでもない。忘れていた感情、想いを取り戻したのだから。いや、正確には忘れていた、とも言えない。過去の記憶を取り戻す前でも、彼は彼女のことを想っていたのだから。四千年分の、彼女への想い。それは、彼の決意にも繋がっていた。何があっても、今度こそ、彼女を守り抜いて見せるという。過去十度の転生で彼らの間を裂き続けた、闇の王から。
リラの方も、自分に対して以前よりも温かい表情を向けて来るフェリドを若干訝しみこそすれ、嫌がっているようには見えなかった。そして、彼に甘えたりもするようになった。そうとはわかりにくいので、気付いているのは周りの人間たちだけだ。例えば。
『ちょっと疲れたな。』
彼女がそんなことを一瞬でも考えれば、彼の手がその荷物を奪う。今までの彼女なら、意地を張ってその荷物を彼の手から取り返していた。しかし。
「僕が持つよ、リラ。」
自分に向けられる柔らかい笑顔に、リラは頬をほんの少し染めてそっぽ向いた。
その後、結局ジプシー作戦を実行することになった(フェリドは最後まで反対し続けたが、ティアナに押し切られた)一行は、荷物を買い揃えてジプシー団を探していた。大きな港町なので意外と見つかりやすいかとも思ったが、そうはいかないらしい。結局夕方までかかってしまったが、エルリックが有力な情報を得て来た。
「商人のおじさんが、この先の宿屋の街の外れでジプシーを見たらしいよ。まだいるかはわからないらしいけど……。」
「まあ、さすがエルリックですわ。これでやっと旅が進められますね。」
「そんな、ジュリア。」
ジュリアに褒められて、エルリックは顔を真っ赤にして照れくさそうに笑った。一行は、バカップルは無視、というルールを打ち立てていたので、二人を会話のメンバーから除外して作戦を練り始めた。
「どうしますか、フェリドさん。やっぱり、その一団を探しに行きますよね?」
アランがそう訊ねると、フェリドも強く頷いた。先程まで嫌だ嫌だとわがままを言っていた人間だとは思えない程、真面目な顔で。
「ああ。仕方ないから、リラを売りにしよう。いいかい?僕たちは、前の一座での扱いがあまりにひどかったために七人で抜け出したんだ。そして、新しい雇い主を探している。一座の看板だった踊り子を連れている、と言えば大丈夫だと思うから。」
ティアナがそれに頷いて、別の話を切り出す。
「城に潜入してからはどうするの?この前言ってた、踊り子は催眠術師でした作戦を使うにしても、王の居室の場所がわからないとリラを連れて脱走できないわよ?」
相変わらずの微妙なネーミングセンス。リラは、密かにぷっと吹き出してしまった。フェリドの唇も妙な形に歪んでいることから、彼もそこにツッコミを入れたいに違いない。
「王の居室の場所なら、もう調べたよ。ルクタシア本国から見取り図を送ってもらったんだ。」
「え?どうしてそんな物がルクタシアにあるのよ?」
ティアナの問いに、フェリドの表情が硬くなり、曇った。
「ルクタシアは貧困に喘いでいるからね、いざとなったらアーク相手に戦争を起こすつもりだったんだ……。」
リラの表情も同じように暗くなる。その矛先は、彼女の故国に向けられたのだ。その戦争に負けたことは今でも悔しいが、そのおかげで彼に出会うことができたのだから、悪いことばかりではない。最近の彼女は、そんな考えも持つようになっていた。
「問題は、アーク王がまんまと引っ掛かってくれるかどうかね。」
リラのその言葉に、フェリドはやけに自信満々に答えた。
「大丈夫だよ、リラ。この作戦は抜かりない。アーク王は、絶対に君を召し上げるよ。」
「どうしてアーク王本人でもないのにそんなことわかるのよ?」
彼女のじと目での問いに答えたのは、フェリドではなくティアナだった。
「もう、リラったら鈍いわね。フェリドはリラがこの世で一番きれ……フガッ?ムグ、ゴゴゴ!」
「ハハハハハ、とにかく大丈夫だから!」
「あ、そう……。」
慌ててティアナの口をふさぎながら、フェリドはそう笑って誤魔化した。彼女が腑に落ちないながらも引き下がったのを確認してから、ティアナを解放してやる。
「覚えておきなさいよ、フェリド。いつか絶対に今の仕打ちを後悔させてやるんだから!」
恐ろしい形相で彼に呪いの言葉をぶつけて、ティアナも引き下がった。方向性が決まったことで、一行の会議は終了。その頃、ちょうどバカップル会話も終了していた。軽く会議の概要を説明して、二人に次の目的を伝える。そして一行は、街を出た。
その後フェリドは、ティアナの報復が恐ろしくて、数日間不眠症に陥ったとか陥らなかったとか……。
異国恋歌~風空の姫~第二十五話でした。
思っていたよりも話数が多くなりそうです。細かく区切り過ぎかもしれません。
ここまでお読み下さっている皆様、ありがとうございます。