オアシス
一行は、ルクタシアの南端の港から乗船してアークに入国した。同盟が結ばれていないとはいっても、正式な手形さえ持っていれば国内に入れてもらうことができる。
「さてと、楽器を揃えなきゃね。それから、できれば王城を目指す旅の一座に混ぜてもらおうか。この人数じゃ怪しまれかねないからね。幸い建国記念の日が近いらしいから、どうにかこうにか見つけられるだろ。」
フェリドはそう言って、ニヤニヤと笑った。
「そうね、そうすれば私も踊り子の役なんてしなくて済むしね。」
対するリラの機嫌は最悪と言っても良かった。彼女は、潜入のために必要だと言われて渋々踊り子の役を買って出たのだ。それに対してフェリドがニヤニヤ笑いを続けているのだから、機嫌が悪くなっても仕方ない……。
「ほ、ほら。その前に大地の聖具ですよ、リラさん。」
そんな険悪な雰囲気の中、アランは少しでも廻りの空気を和ませようと苦労していた。険悪なのは、エリゼとティアナだけで十分だ。そんなことを思いながら……。
「いや、僕は先に王城潜入でも構わな……ぐっ!」
リラの足が美しい弧を描いてフェリドの腹部に吸い込まれた。あまりの強さに、フェリドは呼吸を詰まらせた。
「いい加減にしてよ!そんなにあんな派手派手でけばけばしい衣装を着せたい訳っ?」
「い、いいじゃないか。目の保養に……。」
腕組みをしながら思い切り不機嫌そうな顔で、リラは彼に言い渡した。
「自分で着なさい、じ・ぶ・ん・で!」
「男が着たって楽しくないだろ。……いや、僕なら何でも似合うかもしれないな。」
「一回死んだら?脳天気なナルシストさん!」
もう構うのも嫌、というようにリラはそっぽ向いて彼から離れた。何というか、最近は妙に疲れる。皆お互いに慣れて来て遠慮がなくなって来たせいか、個性、というものが発揮され過ぎている気がする……。色魔のナルシストに女王様が二人、天然カップルが一組……。当然彼女が話しかける相手は、唯一まともな神経を持っていると考えられるアランになっていた。
「……ごめんなさい。とりあえず、あんなのには構わないで砂漠を目指しましょうか。」
「いえ、気にしないで下さい。悪いのはフェリドさんなので。それじゃあ、行きましょうか。」
まとも組二人は、他のメンバーに構わず必要物資の調達ができそうな店を探し始めた。
「広いー、暑いー、だるいー。」
「私もー。アラン、お水!」
珍しくティアナとエリゼの意見が合って、二つの手が同時に、水筒を管理しているアランの方に伸びる。
「ダメですよ、さっき飲んだばかりじゃないじゃないですか。」
「ケチ―!」
「何よー。アランのくせに私に逆らうのー?」
まるで酔っ払いがお店のお兄さんに絡んでいるみたいだな、とリラは密かに思っていた。その時、フェリドの体がピクリと跳ね上がった。
「フェリド……?」
精霊の呼び声が聞こえたのだろうかと思って、彼女はほんの少し不安げに眉を寄せて彼を見つめた。ジュリアとエルリックの天然カップル組も、同じような表情をしている。彼の青紫の瞳は、遥かな彼方に向けられていた。
「今……確かに聞こえたんだ……。僕を呼ぶ、懐かしい声……。」
「どちらからですか?」
ジュリアが一応確認をとったが、そんな問いは必要もないほどに、彼は一点を見つめていた。
「あっちだ……。」
「あっちは……オアシスがある方向ですね。行ってみましょうか。」
地図を広げて確認をしてくれたアランに、残りの六人全員が大きく頷いた。
「近い、どんどん近くなる!」
フェリドの足は、自然と速まっていた。残りの六人が、彼の速度について行くのに一生懸命にならなければいけないほどに。先程から、一行の目にはオアシスの涼しげな緑色が見えていた。
「……どうやら、あのオアシスで間違いないみたいね。」
隣でそう呟くティアナに、リラは黙って頷き返した。
『フェリドも、記憶を取り戻したら……。そうしたら、いくらか謎を解くこともできるのかしら?リラを護れと言われた、理由がわかるのかしら……。』
ティアナの険しい表情に、横のリラが視線だけでその理由を問って来た。
「なんでもないわ。」
彼女がそう返すと、リラは大人しく引き下がった。彼女と彼の今の関係も、変わるのだろうか。彼が、自分にとって彼女がどんなに大切な存在かに気付くことによって……。
「私が心配しても、仕方のないことだし……。」
その小さな呟きは、隣を歩いているリラにも聞こえなかった。いつの間にか、オアシスはもう目前まで迫っていた。フェリドの足が早歩きの歩調から、ついには走る調子のものへと変わった。なぜだろうか、妙に気が急く……。聖具と同時に、何か大切な物が自分を待っている気がして……。彼の姿は、オアシスの木々の緑に溶け込んでしまった。
「わっ、お兄ちゃんが消えたっ?」
「そんな訳ないでしょ。精霊に導かれてどこか聖具のある所、おそらくは異世界に引き込まれたのよ。」
エリゼの素っ頓狂な声に、珍しく余計なひと言をつけずにティアナが答えてやった。エルリックが、荷物を足下に下ろす。
「じゃあ、今日はここでキャンプにしようか。アラン、準備を手伝ってくれる?」
「はい、エルリックさん。」
男性陣はキャンプの準備を始めた。リラが、彼の背中が消えた場所をじっと見つめている……。
「お姉様……?」
ジュリアに声をかけられて、リラは慌てて振り返った。そして、作り笑いを浮かべる。それがジュリアには作り笑いだとわかったのは、姉妹として子供の頃から彼女のそばにいたからなのかもしれない。
「あ、なんでもないの。夕食の準備、手伝うわ。教えて、ジュリア。」
「はい……。」
短くそれだけ返事をして、ジュリアはその後は普段通りに振る舞った。リラの様子に、よくよく気を配りながらも……。
久々の更新となってしまいました。申し訳ありません。
のろい更新をお待ち下さっている皆様、本当にありがとうございます。