手が、届いた日
カーテンの隙間から差し込む朝日に、彼は目を覚ました。傷口を痛めないように、静かに起き上がる。ふと、自分が横になっていた寝台の枕元の椅子で眠りこんでいる少女に目が行った。看病疲れのせいだろう。彼女の白い手が、彼は何よりも愛おしかった。彼女が責任を感じる必要は何もないのに、彼が朦朧とした意識の中で目を覚ますと、いつも彼をエメラルドの瞳が見つめていたのだ。そして、その瞳には決まって涙がうっすらと浮かんでいた。彼女の見せかけだけの強さは、そういった所でぼろが出る……。
『僕が絶対、護ってみせる……。』
彼女とそう約束したことによって、彼は決意を新たにした。二カ月前のフェリドには、あり得ない発想である……。
『一人の女性を思い続けるということが、今ならわかる気がする……。』
「うん……。」
少女が身じろぎして、目を覚ました。
「私……眠っちゃったのね……。」
目を擦りながら呟く少女に、フェリドはそうだね、と声をかけて柔らかい笑顔を向けた。
「フェリド!もう起きていいの?傷はっ……?」
「まだこれが精一杯さ。でも、君のおかげだよ。ありがとう……。」
青紫の瞳の柔らかい光に耐えられなくなって、リラは自分の手元に視線を落とした。しばらくの間、沈黙が室内を満たした。
「言葉……。」
沈黙に耐え切れなくなったフェリドがふとこぼした言葉に、エメラルドの瞳が上げられた。実を言うと彼も、彼女の瞳の色は苦手だった。心臓が、飛び出しそうな程に狂走する……。何かがグッと強く、その心臓を締め付ける……。それは、切なさ、というものなのかもしれない。
「君の言葉遣い、柔らかくなったな、と思って……。」
「……そ、そう……。」
なんと反応して良いのかわからない。だが、彼が自分を庇ってくれた、その事実で、彼に自分が心を開いたというのも真実なのだ……。彼は、彼女の心の一番深くにまでその存在を示してきた。二度と、他者には踏み入れさせないと誓った領域。なぜなら、その領域に入った者を失う喪失の痛みは、彼女の小さな体には大き過ぎるから……。それに……。
『コルレッド……。』
彼女が思い出したのは、亡くした恋人のこと……。彼が生きていたら、こうはならなかったのではないだろうか?その思いが、彼女の感情に歯止めをかけていた。
「どうかした?」
「いいえ……。」
フェリドの問いかけに、リラは曖昧に笑って答えた。心の奥底にその手が届いても、そこに何があるかは見透かされないように、精一杯表面を取り繕う……。
「ほら、横になった方がいいわ。あなたの怪我が良くならないと、出発できないもの……。」
リラはそう言ってフェリドに横になるように促し、上掛けの布団を掛け直してやった。
「すぐ良くなるさ。あ、君の看病次第かな?」
「……死にたいみたいね……?」
「まさか、そんな。」
リラの冷たい視線と言葉を、フェリドは笑ってうまくかわした。こんなやり取りをできることが、嬉しくてたまらなかったのだ。ほんの少しでも、彼女に近付けた気がする……。
「ね、リラ。」
彼が向けた笑顔に、彼女は思い切り怪訝そうな表情を向けた。それになんでもないよ、と答えてからも、一人でニヤニヤしてしまう……。
「……熱で頭おかしくなったのかしら……?一人で笑ってるなんて、絶対に変……。」
「そうそう、頭がおかしくなったんだよ。」
やたらと機嫌良くそう言いきる彼に、彼女は最後にはお手上げといった様子で溜息をこぼした。朝の日差しは、室内に明るく差し込んでいた。
こんにちは、霜月璃音です。
お話の流れで、区切れの良い所で切ったらとても短い話になってしまいました。申し訳ありません。