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再び、襲撃

「さてと、ルクタシアに戻りますか。」

宿屋を後にした一行は、西に向けて馬を走らせ始めた。

「あの無駄に色気があるドSの山羊角女はまた襲って来るかしら?」

「ティアナ、一応アノンワースって名前が……。しかも、余計に長くなってるわよ……。」

ティアナが彼女に付けた妙なニックネームに、リラが溜息をついて見せた。

「確かにあたってるけどな。」

フェリドがそう笑う横顔に、ティアナが鼻で笑う。

「そうよねー、どこかの誰かなんて、デートのお誘いまでしていた位だし。こんな美人を三人も連れて歩いているくせに、何が不満なのかしら?」

「自分で言うのが姉さんのすごいところだよ……。」

エルリックがそう溜息をついた横で、ジュリアが品よく笑った。彼女の銀青色の長い髪は、穏やかな風になびいていた。だが……。ピタリ、とそれが止んだ。同時に、リラの表情が曇る……。

「もうすぐ、ルクタシアだな……。」

一行の行く先には、大きな関所が待ち構えていた。もちろん通行手形は持っているので、関所自体は彼らの行動の妨げにはならないが、その向こうに広がっているであろう光景に、リラの表情が変わったのだ。ジュリアも軽く唇を噛んで俯き、ティアナとエルリックも表情を引き締めた。

「暗くなったって仕方ない。今の姿が、ルクタシアの千年間の姿なんだ。他にこんな国を作らないためにも、僕らの代でこの連鎖を終わらせなければならないんだ。」

フェリドがそう言って、最初に関所をくぐった。その後に、リラ、ジュリア、エルリック、ティアナの順番にルクタシアに足を踏み入れる……。もうすぐ夏だと言うのに、一面の銀世界……。

「……本当に、千年間も雪に閉ざされた国なんて、あったのね……。お伽話だと思っていたのに……。」

ティアナのその言葉の後は、皆しばらく無言でその雪景色を眺めていた。だが、やがてフェリドが口を開いた。

「……行こうか。怒りの火山の辺りは、地熱のおかげで雪が積もっていないんだ。その辺りで作物を育てているんだよ。……全然足りないんだけどね……。」

彼の曇った表情に誰もが声を失ったが、そのまま何も言わずに目的地に向けて出発した。


怒りの火山は、ルクタシアの西端、ラッツィとは反対側に位置している。一行は、ひたすら西に向けて馬を走らせた。幾日かは、天候にも恵まれて快適に旅を行うことができた。だが、怒りの火山まであと二日程、という位置まで行った、ある日のことだった。前日までの好天が嘘のように、一行は激しい雷雨に見舞われた。なんとなく、覚えがある光景……。

「なーんか嫌な予感がしない?」

ティアナが、辺りを見回しながらそう言った。そして、次の瞬間、それは確信に変わっていた。

「やっぱり……。」

彼女が、指差した先には……アノンワースがいた。

「ふん、よっぽど勘が働くようねぇ。それとも、鼻が鋭いのかしら?」

ティアナが憤慨してその言葉に言い返した。

「あんたねぇーっ!これだけ前と同じ状況だったら、嫌でもわかるわよ、普通!芸がないわよ、芸が!」

何となく、この二人は似た者同士の気がする……。リラは、その言葉をグッと喉の奥に飲み込んだ。そんなことを言ってしまえば、後でティアナにどんな目に遭わされるかわかった物じゃない。だが、彼女にはある確信があった。間違いなく、他の三人も彼女と同じことを考えているだろうと……。ジュリア、フェリド、エルリックと目を合わせて、軽く肩をすくめる。彼らからも、同じ反応が返って来た。

「ふっ、まあいいわ……。」

そう言い切ってマイペースな所も、ティアナとそっくりだ……。だが、ただならぬ気配に、彼女たちは身構えた。

ブォウンッ!

奇妙な音とともに、アノンワースは五体に分裂した、

「なっ、こんなの反則じゃないっ?」

「ルールなんかないわ。私がルールよ!」

ティアナの抗議の声に、アノンワースがそう答えを返した。ああ、自分がルールという所までそっくりだ……。それぞれに、戦闘体勢を整える。

「行くわよ!」

五体のアノンワースが、そう一度に言って飛び出した。


「五体ってことは力も五分の一だよなぁーっ!」

ザンッ!

フェリドがそう誰にともなく声をかけながら強烈な斬撃を放った。

「そんなこと聞かれても、わかりませんわっ!」

すぐ近くにいたジュリアが、彼の先程の言葉にそう答えた。

『まずいな……。ジュリアやティアナには魔法の詠唱時間があるから、一対一は無理だ……。』

ティアナはリラに弓を習い始めていたが、まだ実戦で仕える程の出来にはなっていなかった。下手をすれば、味方の頭を射抜きかねないようなレベルなのだ……。

「ホホホ、どこを見ているのかしら?」

アノンワースの鞭が飛んで来て、フェリドの足元を砕いた。

「おわぁー……。いくら美人でもドSの女王様はパスだな……。」

フェリドは油断なく相手を見据えながらも、そう軽口を叩いた。

「あらっ、それじゃあどんなのがお好み?」

アノンワースも、ふざけた口調で彼の冗談に乗った。

「あんなの……。」

フェリドの指差す先には、リラの姿があった。アノンワースが、彼の指の動きにつられてそちらを向いた、その時だった。

「ジュリア、伏せろっ!」

その言葉があまりにも突然で何が何だかわからなくなっているジュリアの方へ、フェリドが斬撃を繰り出した。その切っ先から放たれた衝撃波は、ジュリアがギリギリで伏せて避けたので、そのままその一直線上にいたアノンワースの体に吸い込まれた。けたたましい叫び声とともに、ジュリアが対峙していたアノンワースは消滅した。

「助かりましたわ、ありがとうございます!」

「ティアナの援護に行ってくれ!」

ジュリアはコクリと頷いて、ティアナの方へ駆けて行った。


「くっそぉー!」

エルリックは、ちょこまかと逃げ回るアノンワースに手を焼いていた。次々と放たれる火炎球を、軽い身のこなしでかわされる……。

「クスクス、どこを狙っているのかしら?」

『ダメだ、どんなに狙ってもかわされる!何か良い方法はないのか……?』

エルリックは、ギリリと歯噛みした。そして、ある方法をふと思いついた。そのまま、彼は先程と同じように火炎球での攻撃を始めた。

「フフフ、何度やっても無駄よ!」

しかし、最後の一つがそう余裕をかましていたアノンワースに見事命中した。

「ああぁぁぁ、熱いっ!」

「へっへーん、君が動く所を予測して、こちらの動きがばれないように、火炎球を放つ手を急に右手から左手に変えたんだよ!」

彼はそう言うと、地を蹴って飛び出した。その勢いを殺さずに、一気にアノンワースとの間合いに詰め寄って、袈裟がけに剣を振り下ろした。アノンワースは、音もなく消滅した。

「ふう。一番苦戦しているのは……姉さんとジュリアだ!」

どうしても呪文の詠唱時間が重なってしまうために、二人は防戦一方になってしまっていた。彼は、その場に加わって行った。


「ホホホッ、足元がふらついてるわよ、お嬢さん!」

ビシイッ!

リラがひらりと身をかわす。

『おかしいわ……。どうして直接攻撃を仕掛けて来ないの?さっきから私の足元ばかり狙って……。』

「フフフッ、考え事してる場合じゃないのよっ?」

「どうしても今考えなきゃならないことなんだ!」

パチンッ!

アノンワースが指を鳴らした瞬間、リラは我を失った。

「行きなさい、同士討ちよ……。」

アノンワースが指差したのは、フェリドの方だった。


ふと眼前にいたアノンワースが消えたので、彼はそれを妙に思った。

ヒュンッ!

後ろから、鋭い呼気が響いた。その攻撃を、慌てて剣で防ぐ……。

「リラっ?どうしたんだよっ?」

『目が光を失ってる……。操られているのか……?』

「リラっ、目を覚ませよ!」

なおも、操られているリラの剣撃は止まらない。

キイィィィィィィン!ガリィィィィィィィィン!

剣同士が激しく咬み合った時、フェリドに勝機が見えた。

ガシィィィィィィィィン!

リラの剣はくるくると弧を描いて宙を舞い、そのまま地面に突き刺さった。それを拾いに走ろうとする彼女の腕を、彼が捕まえた。

「リラっ、いい加減に目を覚ませ!」

小さな体を引き寄せて強く包み込んだ、その時だった。

「何をする、変態!放せ!」

彼の胸を思い切り突き返して、リラは真っ赤になりながらそう言った。その色は、光が戻ったエメラルドの瞳とは対極の色のように思えた。

「随分な言い草だよな、操られて人に剣を向けたくせに。」

「うるさい!それとこれとは別だっ!」

「危ないっ!」

フェリドはそう叫ぶと同時に、リラの体を渾身の力で突き飛ばした。

バシィィィィィン!ズシャッ!

アノンワースの鞭が、彼の胸に鮮血で真一文字を描いた。

「ちぃっ!」

フェリドはそう忌々しげに舌打ちをし、苛烈な相貌でアノンワースを射抜いた。

「今の攻撃を生身で受け止めるなんて……。馬鹿ね、死んじゃうわよ?」

アノンワースは愉快そうに唇を歪めてそう言った。

「フェリド!」

突き飛ばされて尻もちをついていたリラが、慌てて彼に駆け寄った。ジュリアも寄って来て、彼に癒しの術をかけてくれた。ようやく、彼女たちとアノンワースの戦いも決着がついたのだ。

「……あら、られちゃったのね、分身たちは……。あーあ、我ながら役立たずで嫌になるわ。やっぱりオリジナルでないとダメみたいね……。……今日はこれで退散するわ。じゃあね、面白い坊や。」

アノンワースは最後にもう一度、怪我をしたフェリドの様子を愉快そうに眺めて、その姿を闇の中に躍らせた。ひどい雨の中、こんな状態でフェリドを置いておけば生死も危ぶまれるような状態になりかねない……。傷の深さも相当なものだろうし、何よりも流血がひどかった。応急処置の止血を手早く行ってから、リラはフェリドを立たせた。

「この近くに宿はないの……?」

「ある。一軒だけ……。そこに、行こうか。」

フェリドはリラを安心させたい一心でそう言って笑ってみせると、自力で馬に乗った。

「辛くなったら言って。休憩したりするから……。」

「ああ……。」

一行は、そのまま土砂降りの雨の中、馬を走らせ続けた。このときは、まだ誰も気付いていなかった。リラのフェリドに対する言葉遣いが、柔らかいものに変わっていたということに……。

お久しぶりです。間に短編を出したりしていたのですが、異国恋歌の更新はかなり時間が開いてしまいました。申し訳ありません。

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