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稲光の中の襲撃

五人は、船に乗ったのと同じ港町で下船した。リラの表情が、曇る……。

「リラ、どうかしたの?」

ティアナがそんな彼女の顔を心配そうに覗き込んだ。その彼女に慌てて笑顔を返す。

「ううん、なんでもない……。」

彼女の脳裏に蘇ったのは、あの青年だった。黒い衣装に身を包んだ、彼……。あの日以来、彼女は心が重くなる度に星を見上げるようになっていた。故国の土に還った恋人を、思いながら……。この町にいると、あの青年と出会ってしまいそうな気がして、心が塞ぐ。優しい青年だった。最後の、あの事件がなければ……。

「気分が悪いなら、今日はこの町で休むこともできるけど?」

今度は、フェリドが彼女の顔を覗き込んで来た。その瞳の青紫の色に対して、彼女の体は条件反射で固まってしまう……。それから、ついと視線を逸らした。

「いや、問題ない。早く行こう。」

あきらかに様子がおかしいのはわかっている。だが、彼女がそう言うのなら、それ以上詮索しても仕方ない。リラに声をかけた二人は、お互いに肩をすくめて見せてから歩き出した。


彼らは、馬を借りて港町を後にした。これから、ラッツィを横断してルクタシアに向かうのである。始めは嫌な曇り空だった空は、今は完全に機嫌を悪くして大粒の雨を降らせていた。ずぶぬれになりながらも、一行は次の宿場町まで、と思って懸命に馬を走らせていた。

ピシャッ、ドゴォォォォォォォォン!

近くに落ちた雷に、ジュリアが体を強張らせた。リラの目が、前方に向けられる。何かが動くのが、稲光の中に見えたのだ。

「ずぶぬれねぇ、可哀想に……。」

言葉とは裏腹に、その声音には憐みの情という物は全く込められていない。むしろ、彼らのその様子を愉しんでいるような声だった。女性の、艶のある声だ……。一行は手綱を引き、馬を止めて降りた。再び、稲光がその声の主を照らし出した。きりりと整った顔立ちの、触発的な服装の女性だ。しかし、彼らの目は驚くべきものを捉えていた。山羊のような大きな角、猫のような尾……。それらは、その女性が持つ、一番の特徴だった。それは、彼女が人外の者であるということを彼らにまざまざと見せつけている……。

「心配しなくていいわよ。用事があるのは彼女だけだから、あんたたちは消えてもいいわ……。」

女の指先が、ひたとエメラルドの瞳の少女に向けられた。指差された彼女の体を一瞬、怯えと言う物が駆け巡る……。その様子を横目で見ていたフェリドが、彼女を庇うように前に立った。

「残念だなあ、お姉さん……。天気の良い日ならデートでも、と言いたかったが……。生憎の天気だなあ。出直してもらえません?」

「な、お前、ふざけている場合かっ?」

リラが怒るのも無理はない。彼のその口調は、街行く女性に声をかける時と同じ位、軽い調子なのだ……。眼前の女性が、高笑いを響かせた。雷鳴にも地を打つ雨の音にも消されず、それは一行の耳朶を打った。

「なかなか面白いことを言うわね……。いいわ、指令を受けたのはその小娘のことだけだから、他の奴を煮るなり焼くなりは私の自由よね……。遊んであげるわ。」

「過激な愛情表現だなあ……。火攻めと来たか……。」

ボケた調子ではあるが、フェリドはあきらかに彼女を敵として扱い、油断なくその一挙一動を見据えていた。そして、彼らの目の前に急に現われた彼女も、それは感じ取っていた。

「悪くないでしょう?さあ、覚悟することね。あの方が生きたまま連れて来いと言うのだから、私はその指令を全うするのみよ!」

リラを指差していた彼女の腕は、肘から下があっと言う間に鞭のように変化していた。リラが、息をのんだ。その攻撃をいち早く察知したフェリドが、剣を抜いてそれを受け流す……。それから、ぺろりと舌を出して見せる。小憎らしい、という言葉が、一番しっくりくる表情だ……。

「生憎だったな、彼女は僕が予約済みだ。他をあたるようにご主人様に伝えてくれない?火攻めのお姉さん。」

「誰がいつお前なんかに予約されたっ?背後にも敵を作りたいのかっ?」

「お姉様っ!今はそんな場合じゃありませんわ!」

本気でフェリドに斬りかかりかねないリラを、ジュリアがギリギリのところで制止した。角と尾をもつ女性が、再び高笑いをする……。これでもか、と言いたくなる程、その声は何もない周囲に響き渡る……。

「その呼び方も素敵だけど、ピンとこないわね……。私はアノンワース。闇の大帝国ハーバナントの四大忠臣が一人よ。どう?それでもデートに誘ってくれるかしら?」

そう言って、フェリドに向かって片目をつむる……。フェリドがその言葉に唇の端を吊り上げて答えた。

「うわあ、ヒモ・・の生活ができそうだな……。僕の面倒一生見てくれます?お姉さんっ!」

その言葉が終る前に、彼は地を蹴って勢い良く飛び出した。そのまま剣を彼女に向かって突き出す。しかし、彼のその攻撃は空を裂いた。ふっと背後に気配が現われる。

「ダメよ、そんなのろい攻撃じゃあ、私は捕まえられないわよ!」

「ちぃっ!」

間一髪のところで、フェリドは後ろから襲い来る鞭での攻撃をかわした。彼が地に足をつくのと同時に、今度はアノンワースに向かって素早い弓攻撃がなされていた。もちろん、リラである。アノンワースはそれをひらりと身軽に飛んでかわし、体勢を整え直した。

「甘いわよ!ほらっ!」

ヒュンと空を蹴り上げるような仕草をしたアノンワースの足先から、地を這う衝撃波が繰り出された。

「きゃあっ!」

その攻撃をかわしきれなかったリラは、思い切り後方に飛ばされた。

「じゃあ、辛いの、行くわよっ!」

ティアナが、詠唱が終わった魔法攻撃を彼女に向けて放った。光が収束し、その後、一気に爆発を起こした。

「やったか……?」

「そんな訳ないでしょ!」

光の爆発を目を細めて見つめていたエルリックとティアナが、アノンワースに背後から強烈な突きを喰らわされた。その場に、二人とも倒れ込む……。ジュリアが、ぐっと前から彼女を見据えた。

「あら、無駄だってことがまだわからないのかしら?案外頭悪いのねっ!」

彼女が再び衝撃波を伴う蹴りを繰りだそうとした、その時だった。急に、足が地面に縫い止められたように動かなくなった。どんなに力を込めても、それ以上、髪一筋も動かすことができない……。

「何をした?水の子……。」

彼女の表情が、そこで初めて変わった。ジュリアに対する敵意と、余裕のなさが浮き彫りになっている……。

「雨で……あなたを、縛っています……。フェリドさん、早く!長くは、持ちま、せん……!」

アノンワースの抵抗力は、ジュリアには想像を絶する物だった。歯を食いしばって、必死になっている……。彼女の鼻腔を、何かが流れ落ちた。鉄の匂いが、雨の匂いに紛れることなく認識される……。どうやら、力を使うことに集中し過ぎて、鼻の奥で血管が切れてしまったらしい……。それでも、今はそんなことに構う余裕すらもなかった。

「さようなら、お姉さんレディー!」

袈裟がけに、彼の剣撃が振り下ろされた。今度の鉄の匂いは、雨の匂いに紛れている……。だが彼は、振り下ろした剣先に違和感を覚えた。やけに軽かったのは、気のせいだろうか……?彼の剣先には、紅い滴がちゃんと残されている。だが、その量は致死の傷にしてはあまりにも少ない……。

「……すまない、ジュリア。どうやら、ギリギリのところで逃げられてしまったようだ……。」

「い、え……。」

息も切れ切れな彼女に、布切れを差し出してやる。ジュリアは礼を言ってそれを受け取ると、緩慢な動作で鼻にあてた。エルリックとティアナ、リラはアノンワースの攻撃を受けてしまったが、特に大事に至るような怪我はなさそうだ。

「あの方って、一体誰なんだ……?」

フェリドのその言葉に、リラも肩をすくめてみせた。彼女にだって、全く身に覚えがない。ティアナは、事情を知っているだけに顔を伏せた。あの方……。彼女には、予想はついている。何度も二人を引き裂き、何度もリラを手中に収めようとした、恐ろしい者……。正直なことを言うと、なぜ彼がリラにそこまで固執するのか、ティアナにもわかっていない。しかし、これまでの転生でも必ず彼からの邪魔が入ったというのだから、なんらかの理由があるに違いない……。

「綺麗だから……?」

確かに、神族一とも謡われたその美貌は、たとえ魔界に住む者であっても魅かれてしまうのだろう。しかし、そんな理由だけで彼が動くだろうか?あの、魔王が……。ギュッと眉を顰めた。

「何か、私の知らないことがあるのね……。」

その呟きを聞いたのか、ジュリアだけが彼女と同じように険しい顔をしていた。

異国恋歌~風空の姫~第十四話をお読み下さった皆様、ありがとうございます。

初めて戦闘シーンらしい場面を書かせていただきました。読者の皆様のお気に召せば幸いです。

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