光の聖具
ゆらり、と光が揺れる……。彼女の瞳は、それに押し開かれた。
「あれ、ここは……?私、確か……。」
重い頭を抱えながらも、起き上がる。
「あ、ティアナ、やっと見つけたよ!」
そう言ってひょっこりと現われた子供の赤っぽい金髪と青い瞳は、彼女の双子の弟、エルリックの子供の頃を想起させた。
「本当だわ、良かった……。」
銀青色の髪に縁取られた白い顔の少女は、ジュリアのようだった。
「リラ、フェルディナンド、ヘレンツィ、こっちだよー!」
エルリックのような子供は、彼女の知っている名を一つと、知らない名を二つ呼んだ。駆けて来たのは、リラ、フェリドのような子供と、銀髪に濃い紫の瞳の子供だった。ふと自分の手を見下ろすと、彼女の体は退行現象を起こしていた。
「じゃあ、次は僕とリラが鬼だな!」
「放して!」
フェリドにつかまれた手を、リラは真っ赤になりながら乱暴に振り払った。今でも見られるような光景だ……。その二人が、子供の姿をしていることを除けば。
「ちぇっ……。」
少年の残念そうな舌打ちに、ティアナは思わず笑みをこぼした。
「あ、笑うなよ!」
「だって随分残念そうにするんだもの、おかしくて。」
彼女のその言葉で、リラとフェリドがいっぺんに赤くなった。
「べ、別にそんなことないよ!リラが余ってるから、仕方なく……。」
「人を余り物扱いしたわねー!」
「ま、まあまあ、落ち着いて……。」
ジュリアが仲裁役に徹しているというのも、今と変わらない光景だ……。まるで今の彼らを見ているようだと思いながら、彼女はふと遠い目をした。見覚えのある場所、覚えのある会話……。ある言葉が、彼女の頭に浮かんだ。
「神々の、庭園……?」
それは、おそらくその言葉を口に出した瞬間に起きた。彼女の頭の中で、何かが弾ける……。それは厚い壁をも突き破って、彼女の脳裏に色鮮やかな記憶として一度に流れ込んで来た。こうして六人で遊んだことや、後にリラとフェリドが禁忌を破ってお互いを想い合ってしまったこと、それを支持した結果として、六人全員が人界に堕とされてしまったことが……。
「思い出しましたか?」
ふと彼女の耳が拾い上げた声に、後ろを振り向く。いつの間にか、彼女は不思議な空間へと誘われていた。床や天井などもなく、かと言って彼女は大地に腰掛けている訳でもなかったし、空を見上げても、ひたすら白い光が覆っているだけだ……。異空間、という言葉が、一番しっくりくる。体も、元の自分の体に戻っていた。
「はい、全て……。」
そう言って懐かしい記憶、懐かしい声に目を細めた彼女の視線の先にいたのは、彼女のような金髪を、身の丈よりもさらに長く伸ばした女性の姿だった。光の精霊、神代での彼女の母親だ……。人界で精霊と呼ばれている者は、実は在りし日の神々、それも各種族の長のことだった。彼女の母親は遥かな昔、光の神々の長だったのだ。今は、それも含めて全てを思い出した……。そして、彼のことも……。
「あなたは、彼を探さなければならないわ。あなたのため、そして、彼のために……。彼は、もう二百年も前からあなたを待っているわ。」
「探します。彼を、ヘレンツィを。人界に堕とされた時には、もう会えないかと思っていました。でも、転生できるなんて……。」
彼女のその言葉に、光の精霊は微笑んで見せた。
「そこに創造神の意図があったのよ。天界では掟に縛られて、あなたたちはどうしても結ばれない……。だから、あなたたちを少しでも可能性のある人界へと送ったの。わかってね……。」
「ええ、もちろんです。リラとフェリドがうまくいくかまでは保証できませんけど。」
彼女は軽い口調でそう言ったのだが、光の精霊はその言葉を聞いて表情を曇らせた。それで、彼女たちがいる異空間も暗くなる……。どうやら、この空間を支えているのは光の精霊の力そのものらしい。
「彼女を狙う闇も、また転生しているわ……。これまでの九度の転生でも、彼女たちが結ばれることはなかった……。あの者が、何度も横恋慕したのです。でも、決して彼女をあの者の手に渡してはいけませんよ。それは世界中を、そして天界や魔界をも揺るがすようなことになりかねません。」
「わかりました……。……理由を伺ってもよろしいですか、お母様……?」
光の精霊は、グッと唇を噛み締めた。美しい顔に浮かべられたのは、苦さ……。どうやら、相当話し辛いことらしい。だが、それでもティアナは聞きたかった。なぜリラが敵の手に渡ってしまうことが、全世界を揺るがすようなことになるのかを……。
「……さあ、もう戻りなさい……。」
「ちょ、ちょっとお母様!答えてくれないのっ?」
彼女の意識は、ふっつりと途切れてしまった。
「あれ、ここは……。」
次に彼女が目覚めたのは、黄金の光溢れる、清浄な土地……。その花々の中から、体を起こす。
「あっ……!」
何かが彼女の体の上を滑り、地面に転がった。それは、ダイヤモンドがあしらわれた花型のペンダントだった。ダイヤモンドは、光の力の象徴……。と言うことは、これは……。
「聖具、なのね……。」
彼女には伝わっていた。その小さなペンダントが秘めている、膨大な力が……。静かに、だが激しくその中で波打っている、力の奔流が……。
「よーし、なんかやる気出て来た!頑張ろうっと!」
そのペンダントに力をもらって、彼女は笑って立ち上がった。仲間がいるのは、多分正面の方向で合っているはずだ……。大きく伸びをしてから、歩き出す。自分がしなければならないこと、やりたいことがわかった。
「まずはリラを素直にしないとね!」
光の弾けるような笑顔を空に向かって見せてから、彼女は歩き出した。
こんにちは、霜月璃音です。異国恋歌~風空の姫~の第十二話をお読み下さった皆様、ありがとうございます。
今回は主人公以外がメインのお話でしたが、いかがでしたか?感想など送っていただければ幸いです。