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心も、花輪のように繋がる

次の朝はどんよりとした曇り空で、一行の気分も重かったが、とりあえず船を探してみることにした。光の原野行きの船は間もなく出港するという話を聞いて、彼らは慌ててその船に飛び乗った。街には、祭りの痕跡はまったく残されていなかった。それでも彼女の心は、この曇り空のように重い……。亡くした恋人のことで悩んでいるのではない。昨日の事件について悩んでいるのだ……。

「やあ、元気ないね、お嬢さん。」

すぐ後ろからの、軽い声……。彼女は、迷わずそちらに向かって突きを繰り出した。

「近寄るなと言っただろう……?どうやら地獄が見たいらしいな?」

「あーあ、君には敵わないなあ……。」

フェリドはそう言って、彼女の隣で甲板の手摺にその体を預けた。

「で、悩み事?」

彼の唐突な質問にリラは一瞬固まったが、すぐに冷静さを取り戻した。こいつは、私の考えてることが読めるのか?と思いながら……。この前彼女に向かって手を差し出した時と言い、タイミングがよすぎるのだ。

「大したことじゃない……。」

そう言って、彼から目を逸らす。彼女は、その青紫の色がなんとなく苦手だった。なぜか、心が重くなるから……。

「ふうん、大したことじゃない割には、死にそうな顔だよね?」

「放っておけ!」

彼女はそう言って、彼との間に距離を取った。それから、二人の間の距離を弓の長さに合わせる。

「いいか?この半径の中に入るな。これより少しでも中に入ったら……。」

彼女はそう言って弓を引く仕草をした。矢は番えていないが、弦を放す……。つまり、その半径の中に入ったら彼女に弓でたれるということだ。子供じゃあるまいし、と思って、彼は苦笑する。

「な、笑うな!失礼な奴だな!」

「いやいや、馬鹿にしてる訳じゃないよ。」

彼が笑いをこらえて唇をおかしな形に歪めているのを見て、彼女は真っ赤になって怒った。船が揺れて、慌てて手摺に捕まる……。その揺れが治まってから、フェリドが口を開いた。

「うーん、風も出て来たし、一人で甲板にいるのはあまりお勧めできないなあ……。中、戻らない?」

苦笑いしてそう言う。素直には聞いてくれないだろうな、と思いながら……。彼の言うことは、彼女はとことん聞いてくれないのだ。しかし、彼女はそんな彼に一瞬視線を当てただけで中に戻って行った。意外だと思って取り残されていた彼は、再びの船の揺れでよろけた。そして、彼女が待ってくれている入口に向かって歩いて行った。


「わあ、綺麗な所!」

ティアナは、光の原野について早々にそう歓声を上げた。あちこちに、黄金に輝く花々が咲き乱れている……。この世の物とは思われぬ風景、とは、まさにこのことだろう……。お伽話の舞台の中にでも紛れこんでしまったかのような気分だ。

「綺麗……。」

リラも、それ以上言葉を紡げずにそう溜息をこぼした。ティアナが、急に顔を上げた。全身を、大きく震わせる……。

「呼んでる!」

そう言葉を発して、駆け出す……。

「え、ちょっと、姉さんっ?」

エルリックの制止も聞かず、彼女はそのまま走る……。やがて、黄金色の空気に溶け込むかのように、彼女の姿は消えてしまった。

「……どうなってるんだ、一体……?」

「おそらく、精霊の導きでしょう。」

フェリドの呟きに答えたのは、すでに聖具を手にしている水の子、ジュリア……。一同の目が、彼女に向けられる……。

「ここは、本当に光の聖具が封印されている所なのでしょう。ティアナさんはさっき呼んでる、とおっしゃってましたから、精霊に呼ばれたのではないでしょうか?下手に動くよりも、少し待ってみた方が良いかもしれません。」

ジュリアのその一言で、一行はその場でキャンプをすることに決めた。テントを張ってから、思い思いのことを始める。ジュリアとエルリックは夕食を作るための水汲みに行った。フェリドは大きな木の根にもたれて昼寝を始めたし、リラは、なんとなく花を摘んでいる内にあることを思いついた。リラがせっせと作業を始めると、フェリドが目を開けた。

「それで?そんなに花を摘んでどうする気?」

彼女が、驚いて顔を上げた。

「な、起きてたのか!驚かせるな!」

彼は彼女の怒った様子をさして気に留める風でもなく、飄々として答えた。

「ここは大地の守りも厚い土地だからね、何かあったら起こしてもらえるから、ちょっと昼寝を、と思ったんだけど……。……へえ、花輪作るの?」

「そ、そうだけど……。」

ふと、彼女の口調が一瞬柔らかくなった。彼の笑顔に、なんとなく安心感を覚えて……。

「ふうん……。」

彼はそう中途半端に答えて、彼女の作業の様子をじっと眺めていた。最後の部分をきゅっとまとめて、彼女はできた、と言って満足気な表情を浮かべた。彼は、それを手にとって眺めた。

「へえ、器用だなあ……。」

本当に感心してしまう。几帳面にまとめられたそれは、きちんと整っていて美しかった。リラが、ふと笑顔を見せた。

「それ、あげる……。」

その柔らかい口調や表情に驚きながら、彼が問った。

「君の分がなくなるだろ?」

「いいんだ。またすぐ作れるから……。」

いつの間にか口調は普段の物に戻ってしまっていたが、彼女の温かな表情はそのままだった。そして、また作業を開始する。彼は、とりあえずその花輪を首にかけてみた。ふとリラがキョロキョロと何かを探すような仕草をしたので、彼は手元にあった大輪の花を一輪摘んで彼女の方に差し出した。

「これは?」

「ああ、よさそうだな……。ふふっ、なかなか似合ってる。」

彼の首にかけられている花輪を見て、彼女はそう笑った。

「良い男は花でもなんでも似合うものなんだ。」

彼はその笑顔が嬉しくて、おどけた調子でそう言って見せた。もっと、と思ったから。もっと笑わせたい、もっとその笑顔を見たい、と……。そして、彼の期待通り彼女はさらにその笑顔を弾けさせた。

「自分で言うことじゃないだろ、おかしな奴!」

そう言って、今度は声を上げて笑い出す。そうだ、僕は。この声が、ずっと聞きたかった。この表情が、ずっと見たかったんだ……。

「やっと笑った。」

「え……?」

彼のその言葉に、彼女はピタリと止まって不思議そうな表情を向けて来た。ちょっと惜しいことをしたな、と思いながら、彼が続ける。

「ずっと元気がなかったから……。」

「あ……。」

彼女は、言葉を紡ぐこともできない。その通りだ、自分は、故国を出てからあまりにも暗くなり過ぎていた……。

「周りに心配かけまいとして一人で抱え込むのもいいけど、そんなことをしてたらいつか死ぬほど苦しくなるかもしれないぞ……?」

普段は彼の言葉など決して聞き入れない彼女だが、彼のあまりに真剣な口調に、今回ばかりは反論できずにいた。もしこれがいつもの軽い口調で言われたのなら、いくらでも怒りようがあったのに……。

「……わかってる。でも、どうしようもないというのが真実なんだ……。誰かに伝える言葉も方法も、今は見つからない……。」

彼を失った痛み、それは、どんな言葉に託しても違う物になってしまう……。彼女は、それを表す言葉をまだ知らない……。

「……そうか。じゃあ、いつか僕に話してくれ。君がちゃんとした言葉を見つけた時に。僕はそれまで、ずっと待ってるから。」

少しでも、彼女の力になりたい。彼は、そう思っていた。始めは、一人でなんでも抱え込もうとする彼女が危なっかしくて、目が離せないだけだった。しかしその内に、なにもかもを内に押し込めて、それでも必死にもがいている彼女が、愛おしくてたまらなくなっていた……。守ってやりたい、と思った。自分にできることなら、その小さな体を、と……。彼のその言葉に、彼女は伏せていた顔を上げた。その表情を表すのにもっとも適した言葉は、やはり驚き……。それから、弱く微笑んで口を開く。

「……わかった、いつか、きっと……。」

それで彼女は作業に戻ってしまったが、ふとまた顔を上げて、自分の手元を見つめている青紫の瞳を正面から見据える。苦手なその色を、じっと……。彼の目が自分に向けられていることを確認してから、唇だけでこう言った。ありがとう、と……。彼からは、意味ありげな微笑みが返って来ただけだった。

異国恋歌~風空の姫~第十一話、いかがでしたか?

やっと登場人物たちが動き出して一安心しています。

もしよろしければ、ご意見、ご感想をお聞かせ下さい。参考にさせていただければな、と思っています。

それでは、失礼いたします。ここまでお読み下さった皆様、どうもありがとうございました。

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