SIDE 凡人
六月半ば、高校二年の一学期定期テストの成績は見事に学年の平均値を叩きだした。可もなく不可もなく、強いて言うなら現代文の小説単元が得意で、それを調整するかのように古典と漢文の分野が壊滅的だった。
狭い家の中、思い思いの場所で寛ぐ子供達が、キッチンで動き回る俺に間髪入れずに話しかけて来る。
「大和兄ちゃんお腹すいたー」「大和兄ちゃん、靴下破けた」「大和兄ちゃん見てみて!」「大和兄、保護者会のお知らせ」
「はいはい順番な。飯はもうちょっとで出来上がるよ。あとで見てやるから、大人しく待ってろ。靴下とプリントは机の上に置いといて」
親は共働きで、五人兄弟の長男の俺は、昔から四人の弟の面倒を見て育ってきた。聖徳太子よろしく彼らの言葉を聞き分けて捌く作業にも貫禄が備わってきた気がする。
その他にはこれと言った秀でた特徴もない、普通の男子高校生だ。
趣味は読書、推理小説とか謎解きゲームが好きで、親友の犬山を誘ってミステリー研究部に入部した。
類は友を呼ぶとは言うわりに、平凡な俺の周囲には何故か奇人変人が揃っていると思う。そういう人達と一緒に居ると、余計に自分の凡庸さが浮き彫りになって行くようで、時折どうしようもない居心地の悪さに襲われる。
自分を無個性だとは思わないが、非日常性に憧れる気持ちが人一倍強く、野次馬根性はそれなりに豊富だ。
そんな思春期特有のジレンマに陥り、自己の肯定を求めて、我が心の癒しである大親友の犬山晃紀に相談した。
「キャラを濃くしたいってこと?」
「うーんまあ、そうと言えばそう。違うと言えば違う?」
若干異なる気もするが、首を傾げて聞き返してきた犬山の言うこともニュアンスはあっているので曖昧に肯定した。
「じゃあ、大和はそれでいいと思う。普通の大和」
「普通ねえ。まあ、下手にイメチェンしたところで、人柄が変わるわけでもないしな」
犬山は大きく首を振る。揺れて広がる長めの髪が、犬の毛のようで庇護欲を掻き立てられる。
「そうじゃなくて、大和はそのままで十分大和だから」
「ん? どういうこと?」
単に俺の理解力不足なのだろうが、犬山は豆柴のように短い太眉を寄せ、目線を彷徨わせながら言葉に迷う。眉間の皺が気になって人差し指でグリグリと軽く刺激すると、犬山は目を細めて今にもクゥンと鳴き出しそうな表情をする。
「大和は優しい」
「おう、ありがとな」
「フツーに、当たり前に人に優しくするのって、実は結構ムズイ」
言葉を選び終わった犬山は、俺の目を真っ直ぐに見つめて来た。こういう時のこいつの目は、相手の目を奪う魔力を秘めていて、全く逸らせなくなる。
「みんながフツーにやろうって思うことを、大和はいつも当たり前にできてる」
そう言って、今度は犬山は俺の頭をそっと撫でた。
胸の内に込み上げて来るものを感じる。いつも甘えたがりな癖に、実は人を甘やかすのが誰よりも上手い。こいつが親友で良かったと、思わされる瞬間が比較的短かい付き合いの中で何度あったことか。あ、やばい。涙出そう。
「ああもう! 俺お前のせいで犬派になったんだからな!」
「ええ、俺犬苦手、なんかめっちゃ吠えられるし」
「犬って道で他の犬に会うと凄い吠えるもんな。それと一緒なんじゃね」
「俺は吠えないもん。ていうか、そもそも犬じゃないし」
「部活行くかあ」
「昨日の論理パズルの続きする?」
「あれ難し過ぎだろ。あっ、一年共を試してやろうぜ」
「後輩いびり良くない」
俺の悩みは解決していないけど、一先ずはこのまま、普通の兎林大和でいようと思う。
部室に移動し、謎解きゲームをしていると、頭を使って疲れた犬山がゴロゴロと俺の膝に転がり始めた。その様子を見ていた辰巳が、折り畳み机を片しながら言った。
「兎林先輩って、なんか安心感ありますよね。包容力というか、お母さんみたいな」
「お前、先輩に向かって何言ってんの」
「え、あ、ご、ごめんなさい! そんなつもりじゃないっす!」
相変わらずのキツイ言い方だが礼儀を弁えた烏丸の言葉に、他意はなかったのであろう辰巳が慌ててフォローを入れようとする。
「あはは、お母さんかあ。よっしゃ、お前らまとめて甘やかしてやる」
変わった褒められ方をされたからか、俺はついつい調子に乗って一年生二人と犬山をまとめて抱きしめて頭をぐしゃぐしゃにしてやる。
「わ、ちょ、先輩、これセクハラじゃないですか」
「あはは、姫ちゃんちょっと嬉しそう」
「嬉しくないし!」
「お! 楽しそー! 俺も混ざるー」
「何事ですか」
「猪木も混ざれって!」
ノリのいい無邪気な部長の乱入で、その下敷きになって倒れ込んだ俺達が暴れ、カーペットが本来の位置から大幅にズレて埃立つ。
個性的な先輩と後輩がいて、弟達に慕われて、親友が認めてくれる。
普通って、意外と悪くないかもしれない。