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SIDE 女王様

 物心ついた頃から、そいつは私の横にいた。

 そいつは私が何をしようと、どこへ行こうと着いてきて、口に出さずとも私の言わんとすることを察するという特殊能力を身に付けていた。

 茨のように鋭い殺傷力を持つ、可愛げのカケラもない私の言葉から、棘を一本ずつ丁寧に抜いて行く。抜いた棘すらも大事そうに抱えて、血塗れになりながらも必死に私に尽くそうとする。自己犠牲の塊みたいな性格で、私とは対照的に素直で感情豊か。

 辰巳光臣たつみ みつおみはそんな奴だ。

「姫ちゃん」

 私を名前で呼んでいいのはこいつだけ、こいつを名前で呼ぶのも私だけ、ギブアンドテイクは当然でしょ。精々私に尽くせばいいわ。なんて女王様ぶったって、あいつには微塵も通じない。彼はそれが私の強情な虚勢である事を誰よりも理解している。

 私の事なら私よりも分かってしまう癖に、私の一番望むものは与えてはくれない。

「僕は姫ちゃんの家来だから、姫ちゃんを守る騎士になりたい」

幼少期に将来の夢を聞かれ、誰もが敬遠する私の瞳を真っ直ぐに見据えながら言ったその言葉は、今も彼の信条として根強く彼を形成しているらしい。恥ずかしげも無くそれを言ってのける彼の事を、私は家来などとは思えなかった。

 側から見れば光臣が私に付き纏っているが、周囲の客観とは真逆で、本当に光臣に想いを寄せているのは私の方だった。

 中学生の頃、私は一度だけ勇気を出したことがある。

 自分の気持ちに素直になる勇気を振り絞りって、光臣を恋人にするための作戦を立てた筈が、その行動は彼の真意をますます曇らせ、私には全く悟れなくなってしまった。

 光臣はあの時のことを、どう思っているのだろうか。

 私を恋愛対象としては、見てくれないのだろうか。

 友達のいない私の、たった一人の親友は、本当の意味で私の隣にはいてくれないのだろうか。

「ミステリー研究部? お前、ミステリーなんて興味あったの」

「探偵物のアニメとか漫画は好きだよ。姫ちゃんも推理小説はよく読んでるし、部員数もそんなに多くないからどうかなって」

 入学式の後、光臣はニコニコと細い目をますます弓形に細めながら私のクラスにやってきて、配られたばかりの入部届を二枚私の机に並べて言った。

「ふーん」

「じゃあ僕、これ提出して来るね」

 返事などしていないのに、私の相槌とも言えない程の小さな頷きから意志を汲み取り、二枚の紙を持って走り去って行った。

 入学早々部活を決めるだなんて、いささか性急ではないかと思ったが、翌日の勧誘ラッシュを見るに、光臣の行動はそれを予期してのことだったのだろう。

 なんだかんだで抜け目のない優秀な下僕だ。本当にパシリの才能があるのではなかろうか。

真新しい制服に身を包んだ姿は、昨日までの彼とはまた別人のような、いつのまにか私よりも高く伸びた身長を主張するように逞しく見えた。

 一人きりになった教室で、肘をついて退屈に光臣を待っていると、チラチラとこちらを伺って来る視線が気になり始めた。

 中学が同じだった面子も多いのだろう。既に教室内には一定のグループができつつあるようだった。

「ねえねえ、烏丸さん。さっきの人彼氏?」

「ちょ、やめなよ。あんた初対面なのにデリカシーなさすぎ。ごめんね、烏丸さん」

「いいじゃん別に」

 年相応の落ち着きのなさが目立つ女子のグループが、私に話しかけて来る。

 ここに光臣がいたならば、きっと上手くフォローを入れてくれたのだろうけど、生憎と今は私一人だけだ。

 勝手にきゃっきゃっと騒ぎ始める女子になるべく無難な返事をした。

「違うけど」

「あはは、だよねえ!」

「烏丸さんならもっとイケメンとか、ていうか超美人だし誰でも落とせるでしょ」

 だよねって何? 失礼でしょ。

 もっとイケメン? 興味ないし。

 誰でも落とせる? 光臣が落とせないなら意味がない。

 いつのまにか、私の机の周りに人が集まりつつあった。

 次々交わされる様々な話題や自己紹介についていけずに、イライラばかりが募る。

 トドメはとある男子の一言だった。

「ねえねえ、姫ちゃんって名前可愛いね。名前で呼んでもいい? あ、俺は山田っていうんだけどさ」

 入学初日からノーネクタイの短髪男子は、隣の席の机に飛び乗って身を乗り出してきた。愛想笑いなどできない私は、光臣と対極にあるような馴れ馴れしい態度の男子の言葉に、取り繕った冷静さなど保てるはずもがない。

「気安く名前で呼ばないでくれる? あんたみたいな無作法で下品な奴と、この先一度だって会話する気とかないから」

 見下すように発してしまった言葉に、あ、と思った時には既に教室は静まり返っていた。

 きつい性格に合わない可愛らしい名前が嫌いで、恥ずかしいと意地を張っていた私に、光臣はしつこく「可愛くて綺麗な姫ちゃんにぴったりの名前だよ」と言ってくれていた。次第に私は、彼にその子供っぽい呼び方で笑顔を向けられることが好きになった。

 私を名前で呼んでいいのは家族を除いて光臣だけだ。

 しかし、それにしたって初対面の相手に、話しかけてくれた同級生に対して、流石に言いすぎた。我に帰って震える手を誤魔化すようにスカートの裾を握りしめた。これでは中学の時と同じだ。行き過ぎた悪意を撒き散らし、勝手に孤立して、光臣にまで迷惑をかけてしまう。

 なんと言って誤魔化そうと頭をめぐらせていると、しばらくぽかんとしていた山田というチャラ男が息を吹き返したように威勢良く言った。

「西中の女王様!」

「は?」

「烏丸さん、西此方ヶ丘中学出身でしょ? 俺そっちに友達いてさ。噂の超美人毒舌女王様、本当だったんだな。よっしゃー! 生の罵声聞けたわ」

 興奮気味に言われた言葉に、今度は私が驚く番だった。

 静まり返っていた教室が、ドッと笑いの渦に包まれた。

「女王様とかすげーぴったりじゃん。烏丸さんのこと、今日から【1-3(いちさん)のクイーン】って呼ぶか!」

「クイーンとか、赤暮あかくれネーミングセンス安直すぎじゃん?」

 赤暮と呼ばれた赤髪の目立つ男子と目の前の山田を筆頭に、盛り上がり始めたクラスの雰囲気に、呆然としたまま動けない。

「いいじゃんクイーン」

「初日からこれとか、このクラスやばー」

「ちなみに俺はこの学校のヒーローになる男だから、よろしく!」

「キャラ濃過ぎー」

「クラス全員に二つ名つけるか!」

「じゃあ俺【此方ヶ丘のプリンス】な」

「山田は【勘違いプリンス】」

「プリンスならいい!」

「いいのかよ」

 既に私のことなど眼中にないようで、全員ほぼ初対面とは思えないほどに和気藹々とした仲の良さで、一年三組は再びクラス全体を巻き込んで騒ぎ出した。

 ちょうどそのタイミングで、光臣が教室に戻って来た。

「ただいま。わあ、三組賑やかだね」

「……うるさ」

 意図せず少しだけ上がってしまった口角を隠すように、頬を手に乗せて肘をつく。

「どうしたの?」

「なんでもない」

 逸らした顔は光臣からは見えない角度な筈だが、光臣が暖かく微笑んだ気がした。

 このクラスは、私を拒絶しない。

 光臣から離れる事なく、自立できる気がする。いつか私がもっと素直になれたなら、改めて光臣にちゃんと気持ちを伝えよう。

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