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SIDE 下僕

 その名に相応しい容姿と、女王の風格ともいえる高慢さと気品を持つ彼女、烏丸姫からすま ひめは美貌と品格を兼ね備えた才女である。

 長く波打つ髪の一本一本が金色の光を帯びて風に靡き、瞳は宝石のように澄んだ輝きを放ち、シミひとつない白い肌は化粧など施さなくとも陶器のように真っさらで、唇には艶やかな天然の紅色が浮かぶ。

 爬虫類のような三白眼で、昔から目つきが悪いと罵られ背中を丸めて歩く癖のついた僕のようなモブは、本来ならば彼女のような選ばれし人間とは住む世界が違う。

 しかしそんな彼女は昔から、学校という社会の縮図の中では必ず孤立してしまっていた。

 本人の度が過ぎる程の気高い性格故の近寄り難さも理由の一つだが、それとは別に明確な原因がある。そもそも普通の人間が彼女の隣に立つ事自体が、相当に難易度の高いことなのだ。

 どれだけ自分に自信がある者も、彼女という神に愛された完璧な存在の前では無意味に霞み、煌々と輝く美しい宝石を冒涜しているかのような烏滸がましさを感じさせられ、途轍もない惨めさに見舞われる。

 決して凡人の手の届くことのない、遠くから見つめるだけが精一杯な孤高の女王、異性が目を合わせると途端に恋に落ちてしまいそうな単純明快なまでの美しさ、俗世間に上手くハマらないのは必然だろう。

 普通の女の子であれば、それはただただ難儀な体質だったのかもしれない。しかし、彼女は普通の女の子とはかけ離れていた。

 お姫様は、決して独りぼっちではない。

 臣下に恵まれ、民と言葉を交わし、いつかは完璧な王子様と出会う運命なのだ。

「光臣、早くして」

 凡人の僕が、唯一生まれ持った才能があるのだとしたら、それは彼女の隣に立てる事だと思う。彼女の隣にいる時だけは、僕も胸を張っていられる。最初から、誰よりも近い立場で出会えたことが奇跡のようなものだった。

 親同士が親友で、家も近所の僕と彼女は、一緒にいる時間が人一倍長かった。学校は小学校からずっと一緒で、クラスすら離れたことはない。

 まあ、高校生になって初っ端からクラスは別になってしまった訳だが、「どうせお前は休み時間の度に来るんでしょ」と言い放った彼女のいう通り、彼女のもとを訪れる頻度はむしろ増したように思える。

 初日から孤立した彼女に、部活はどうするのかと聞かれたので、人見知りがちな彼女に合いそうな、人数の一番少ない部活を選んだ。

 至れり尽くせりと評されることがよくある。パシリのようだと揶揄されることも、少なくはない。

 僕は彼女に憧れを抱いている。けれどそれは、恋なんかじゃない。もっと純粋で、もっと濃密な感情、最早信仰や陶酔に近いのかもしれない。

 その重たい気持ちを受け止め、隣を許してくれた彼女から、どうして離れることができようか。

「姫ちゃん、喉乾いてない? ジャスミン茶持ってきてるんだ」

「……飲む」

 口数の決して多く無い彼女だが、僕には何だってわかる。

「うん! 保温の水筒だから、まだ温かいよ。はい」

「あっそ」

 そっけなく答えるその表情が、普段一人でいる時よりも穏やかであることを知っている。僕から与えられる物を受け取る手が、繊細で優しいことを知っている。

「お前は、飲まないの」

「うん。僕は姫ちゃんの後に飲むよ」

「ふーん」

 ほんのりと薄紅に染まった頰の意味が、肌寒さのせいだけでないことも、僕はちゃんと知っている。でも違うよ。姫ちゃん。君の世界はとても小さい。けれど一歩踏み出せば、君どこまでだって世界を広げることができる。

 今いる小さな世界では、君を守る騎士は僕だけかもしれない。でも外の世界には、僕なんて比べ物にならないくらい強く、君にふさわしい騎士が沢山いるのだろう。

「はい」

「ありがとう姫ちゃん」

 受け取った温かい金属の質感が、外気にさらされた僕の手を癒した。

 君を外の世界へ連れ出してくれる、強くて格好良い完璧な王子様が現れるまでは、僕が君を守り続けよう。

 それまでは、隣を望んでもいいだろうか。

「早く現れないかなあ。姫ちゃんの王子様」

 暖かいジャスミンティーが喉を通ってお腹に溜まる。

 寒さが残っているとはいえ、もう四月で僕等はもう高校生、春は出会いの季節と言うし、その機会は沢山ある。

「またそれ? 興味ないんだけど」

「でも、高校生になったらきっと色んな人に出会うよ。その中にもしも運命の人がいたらと思うと、ちょっとドキドキしない?」

「しない」

「えー、姫ちゃんのことなのに」

「…………」

 顰めっ面でも美しいとはどうなっているのやら、すれ違う人達が彼女に見惚れ、隣に立つ彼女とは吊り合わない僕に違和感を抱く視線にも、もうとっくの昔に慣れた。

「でもまあ、もうしばらくは、僕は姫ちゃんと一緒に居られるね」

「うるさい」

 姫ちゃんは口を尖らせてそっぽを向いてしまったが、口元を隠して目を瞑るその仕草が嬉しいという感情を顕著に表していた。

 ただの下僕である僕は、ずっと昔から彼女の好意を受け入れられないでいる。

 素直になることが苦手で、不器用で直接気持ちを言い表すことのできない彼女の性格を利用して、何にも気づいていないふりをしている。

 ごめんね。姫ちゃん。僕は君の王子様にはなれない。

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