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心外不出 ④

 体調の優れない犬山を帰らせ、日が延びたとはいえ夜はあまり治安の良くないこの付近をうろつくわけには行かないと一年生二人も帰宅させた。俺も帰路につこうとしたが、牛月部長がそれを引き止めた。そして今、俺は牛月家から程近い公園のベンチで、部長と事件の概要を整理しようという事になった。

「俺のところに、この文章が届いていた」


『戌は真実を持ち去った』


 見覚えのある、宛名だけの記された正体不明の手紙だった。これで、三枚目になる。

「犬山と猫羽の家に届いたものと同じで間違いないな?」

「はい」

 猫羽に貰った一枚をポケットから取り出す。

「この真実というのが封筒の中身を意味するなら、封筒を持ち去ったのは犬山だ」

「そうですね」

 犬山の元に届いた手紙の内容の通り、烏丸と辰巳は本当に嘘をついていた。そして、猫羽の元に届いた手紙の通り、おそらく猪木は誰かに首を絞められた。

「おそらく現場にカードを置いたのは犬山だ。猫羽の後に部室に来た犬山は、猫羽から猪木に渡された封筒を持ち去った」

 やっと分かった。先程から垣間見えている牛月部長の悲痛な表情の正体は、俺に残酷な推理を伝えようとしているからだったのだ。

「犬山が、猪木を殺そうとした犯人だって言うんですか?」

「いや、カードは猪木の筆跡で、偽装はかなり難しい」

「それなら、どうして」

 犬山の文字は特徴のある丸文字で、見れば俺もすぐに分かる。

「ウミガメのスープだよ。あのカードの内容は、犬山と猪木が出題する予定だった問題文だったんだ」


『私を殺したのは誰でしょう』


「犬山が作問担当で猪木が制作担当だったのが本当なら、猪木の筆跡である事は当然だ」

「犬山は犯人じゃありません!」

 猫羽か、猫羽の後に部室に来た他の誰かが、猪木に危害を加えた可能性だってまだある。それなのに何故、この人は犬山を疑うんだ。

「犬山にしか、あの部屋の鍵は閉められないんだ」

「あいつにだって無理です!」

 鍵の棚の前には、犬山と顔見知りでその日の放課後は席から離れなかったあの先生が居たのだ。

「逆に、その先生さえ避ければ、犬山は鍵をロッカーに戻せることになる。その先生は、本当に一度もその場を離れなかったのか?」

 そう言われると、確かに彼が何時間もあの場所でロッカーを見張り続けていたわけはない。

 でも、しかし、だけど、違う。絶対にそんなことはない。何かの間違いだ。

「ふ、封筒、犬山はあの時封筒なんて持っていませんでした」

 事件発覚時、犬山が手ぶらであった事は俺たちがはっきりと確認している。

「一度本校舎に戻っているなら、隠す場所はいくらでもあったはずだ」

 牛月部長の冷徹な言葉に、俺はとうとう反論の言葉を失った。

「犬山はカードを置き、封筒を持ち去り、部室の鍵を閉め、それを職員室に戻した可能性が高い」

 どうして、なんであいつがそんなことを。

 口にしたくても、俺の声はもう喉の奥に堰きとめられてしまった。

「それを聞き出せるのはお前だけだ。頼む。犬山の真意を聞いてくれ。お前にしかできない事なんだ」

 切実に訴えてくる部長の声が、とても遠くから聞こえる。

「約束は、できません」

 頭を打ち付けられたような絶望感が、俺の体を支配している。目の前の人が間違っているとも、嘘を付いているとも思えなかった。胸の奥をどす黒い靄が包む。

 俺は親友いぬやまを信じても良いのだろうか。




 *****



 地元から電車で五分、隣町の大型商業施設には、様々なジャンルの流行の最先端が集合している。ゴールデンウィーク真っ只中の今日、休日のショッピングモールは人の海だ。人の多い所は好きではないが、この日に限ってはエスカレーターの右側を柄にもなく駆け上がって目的の場所へと急いだ。

『モンスターキャプターファイブ』

 店頭に大きく掲げられたポップには、ドラゴンや球体のモンスターなどが描かれ、プレイ画面風の宣伝ビデオがエンドレスで流され続けている。

 発売から僅か三日で在庫切れになり、商品取り寄せをして二週間経った昨日やっと再入荷されたという連絡が来た。即座に家族との買い出しの予定を合わせて、現在、家族が食料を調達している間にやっと手に入れた。

 早速プレイしようと、袋を下げて一人で昼食に向かう。

 エスカレーターと階段を一箇所に集中させ、中央の広場を囲む形でテナントが入っている。全ての階から広場を見渡せる設計のこのショッピングモールの入り口は、正面と裏の二つだけだ。

 広場を通過して、ゲームショップから最短ルートで行きつけのファストフード店へ向かう途中、ギャング映画さながらの黒塗りの高級車が入り口の前に停車した。中から出てきたのは、あからさまなサングラスとスーツを身につけた屈強で強面な男が数名。モール内にぞろぞろと入ってくる男たちの異様な光景に、行き交う人々は彼らをちらりと見やって、そそくさと早足で遠ざかる。

 不良少年や柄の悪い大学生を地元で見かけることは多々あれど、本物の《《そういう職種》》の人を見たのはそれが初めてだった。

 二階のファストフード店で、真新しいパッケージに包まれたそれを開封する。一階が見渡せる屋内テラス席の端を陣取り、高揚で早まる鼓動を落ち着けつつ持参したゲーム機本体の電源をつけた。すると、賑やかなこの場に似つかわしくない不穏な怒鳴り声が聞こえてきた。下を見ると、ここから正面より斜め下に位置する一階の骨董品屋で、何やら揉め事が起きているようだった。

 関わりたくないが、ミス研で鍛えられた筋金入りの好奇心が勝り、一階の様子を気にしながらゲームを続けた。

 初期設定を済ませ、チュートリアルをクリアした頃、二階から一階のエスカレーターを駆け下りる人影に自然と目を奪われた。それは猪木だった。男性向けファッション誌から飛び出してきたかのような、流行をほどよく取り入れたボーイッシュな私服のせいで、どこからどう見ても男性の風貌をした猪木が、遠目だが珍しく呼吸を荒げているのが分かった。向かう先には、未だ我が物顔で広場の一角を占領する男たちの姿があった。

 まさか、と思ったが、猪木は一瞬よぎった俺のあり得ない予想を実現してみせた。

 昼食のお盆も放置で慌てて店を出て、猪木の元へ走った。

「何してんの猪木!」

 腕を引くと、猪木は目を丸くして驚いていた。すぐそばに、顔に傷のある色黒の男が立っていた。

「猪木?」

 男はそう呟くと、猪木の顔をじろりと舐めるように見つめた。逃げようと猪木の腕を引くが、首を振って手を離された。


「久しぶり、お父さん」


 その後、男と共に去って行った猪木に事情を聞くと、今の父親は母親の再婚相手であり、実父はあの時会った馬場ばばという男で、彼は非合法組織の組員だと言う。まるでドラマの中の話のような衝撃の家庭事情を知ることになった。

 あの日危険を冒してまで彼について行った猪木の目的を、半ば説教するつもりで問い詰めた。

「兄を探してるの」

 彼女は腹違いの兄である馬場の息子の居場所を見つけようとしていたのだ。

「ずっと昔に約束をした。将来、私が旦那さんにしたいって人が現れたら、一番最初に知らせるって」

 幼い頃、ほんの短い時間だけ一緒に過ごした兄との約束を、彼女は懸命に守ろうとしている。それは子供の頃の約束で、兄の方は自分の存在を覚えているかも分からないと言う。

「忠さんを、紹介したい」

 消え入りそうな声で言った猪木は、普段の無表情が嘘のように真っ赤な顔をしていた。

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