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推論風発 ④

 烏丸と印字されたガラス製の表札の掛かった塀の前で、無言のままの烏丸とその表情を伺う辰巳の影が、古びて点滅する街灯の一つの下にあった。辰巳の家は烏丸家のすぐ裏手に位置しており、角を二つ曲がれば大した時間を要さずに行き来できる。放課後にどちらかの家で夕食を共にすることも少なくはない程、家族ぐるみでの付き合いが年季を帯びてきた。

「姫ちゃん」

 辰巳の声は沈んでなどおらず、烏丸の心情を危惧するでもなく、ただ不自然な真剣さだけが感じ取れる。

「何も言わないでいい」

 口を開こうとする辰巳の言葉を、烏丸が普段通り遮る。辰巳は珍しく彼女の命令を聞く気がないのか、誤魔化すようにヘラリと笑ったと思うと、取り繕った表情が抜け落ちたように真顔になって言う。

「犬山先輩と猪木先輩が一緒にいるところを見たのは本当だよ。二階の渡り廊下を通った時に見た。もし一人の時に聞かれたら、辻褄を合わせて」

「別に平気だよ。犯人は『髪の長い男』ってことになってるし、私は猪木先輩の自殺だと思うって体を装うつもりだから、もし何か聞かれてもその説を推すつもり」

 烏丸は猪木の自殺が不確実ということを確信している。辰巳も、それに反論や動揺はしなかった。

「姫ちゃん」

 和らげな口調とは裏腹に、もう何度固めたかも分からない決意を、幼い頃から決めていた覚悟を、辰巳はこの時初めて本人へ向けて言葉に出した。

「僕は何があっても、姫ちゃんから離れる気は無いよ」

 捉えように寄っては異常にすら思える辰巳の言葉を聞いて、烏丸はまるでそれが当然であるかのように、目を合わせることも無く平生の調子で言い放つ。

「知ってる。だからそもそも、一人になんてしないで」

 彼に一瞥もくれずに、烏丸はキィと甲高い音を立てて家の門を開け、玄関の鍵を取り出す。

 辰巳はその背中を見送って、完全に玄関の扉が閉じた事を確認すると、徒歩数十秒の距離にある自宅に向かって足を進め始めた。

 道中に見上げた空に、決して満天とは言えない数の星々がチラチラと淡い光を放っていた。夏の大三角とオリオン座と天の川程度の知識しかない彼にとっては見飽きたつまらない空だった。

 彼の目を唯一惹きつけたのは、欠けても満ちてもいない中途半端な檸檬型の青白い月だ。

 辰巳は眩しそうに少しだけ目を細めると、薄い唇を強く噛み締めた。

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