NATIVITATIS DIABOLUS SUSURRAT PRODITIONE 売国をささやくクリスマスの悪魔 II
「それとも記録に残してほしいですか? 止血している最中に陸軍の大尉に強姦されたと」
アレクシスは眉をよせた。
「軍の調査が入るでしょうね。あっという間にあなたがスパイ容疑の人間と関係していたことが明るみになる」
ダニエルは肩ごしにふり向いた。きれいな眉を軽くよせる。
「自分がいま、ハニートラップに引っかかり情報を流したかもしれないと軍から疑われる寸前だと分かってるか? アレクシス」
ハニートラップ。
彼の口からはっきりとそう言われたことで、アレクシスは足元からスッと血の気が引いていく感覚を覚えた。
ほんとうは恋心はあったのだと希望を持つのは、やはり愚かなのか。
誘惑と本気の恋心の区別がつかないほど子供ではないつもりだったのだが。
「……たいした情報はとれなかったと言ったのは、おまえだろう」
たとえ恋人でも、機密に関することを話した覚えはない。その辺の教育はきっちりと受けている。
IDを盗まれ機密事項にアクセスされたなら話はべつだが、簡易的に調べたところそんな痕跡はなかった。
「それでも疑われるのがこういうものごとですよ。少なくとも長時間の尋問は受けることになる」
「どうしたいんだ、おまえ」
アレクシスは眉をよせた。
「逮捕してほしいのか、監視が鬱陶しいのか、それとも私をそちら側に寝返らせでもしたいのか、どれだ」
アレクシスは声を荒らげた。
どうにも本心が分からない。
冷静でつき合いやすい性格だと思っていたが、こういう事態になるとむしろつかみどころがない。
ふたたび向こうを向いてしまったダニエルにつかつかと歩みよった。
こちらを向かせようと肩をつかむ。
ダニエルが「くっ」と呻いて身を縮ませた。
ケガをしたほうの肩をつかんでしまったのだと気づく。
三日前の冷えた倉庫内での情交を思い出した。
口での言い合いに行きづまると、つい体に訴える。
男の悪い心理だとは思うが、あの情交のときに一瞬だけ見えた気がする本心を、確認したくてたまらなかった。
傷口が気になるのか、ダニエルが顔をゆがめる。
鎮痛剤は処方してもらったと言っていたが、腎臓の負担の大きいあの手の薬は、完全に感覚を麻痺させるような量は処方しない。
痛みは、少々は残っているのだと推測した。
腕をつかみダニエルを祭壇まえの赤いカーペットの床に押し倒す。
ダニエルは不快そうに顔をしかめたが、すぐに真顔になりこちらをまっすぐに見上げた。
「祭壇のまえでか」
そうつぶやく。
天井までとどく荘厳なステンドグラスと十字架をアレクシスは横目で見た。
「神罰が下るぞ、アレクシス」
ダニエルが唇の端をクッと上げる。
「ハニートラップなんぞ仕掛ける司祭に言われたくない」
司祭服の留め具を外して乱暴に合わせを開き、中衣のシャツのボタンも外す。
傷口を保護する医療用パッドが目に入る。
とりあえずはデタラメな医師の治療ではなさそうだとホッとした。
あらわになった胸元に口づける。
ダニエルが息を震わせた。
何がハニートラップだ。本気で感じてるじゃないかとアレクシスは思った。
「アレクシス」
高い天井を見上げながら、ダニエルが呼びかける。
またからかう気か。知らん。アレクシスは無言でもと恋人の首筋に口づけた。
ダニエルが息を震わせてこちらの髪をつかむ。
「もし寝返ってくれと言ったら寝返るか? アレクシス」
ダニエルが問う。
しばらくのあいだ、アレクシスは言葉の意味がつかめなかった。
軍で生まれて軍で育った者は、国家と軍への忠誠をそれこそ脳へのすりこみのように教育されている。
一般人にとっての家族、親戚、故郷、それらにあたるものを裏切るなど、ふだんは発想すらしない。
アレクシスは人形のようにきれいな顔を見つめた。
ダニエルがこちらに手を伸ばす。アレクシスの顔を両手で引きよせ口づけた。
「いまどきスパイが極刑とは限らない」
アレクシスの唇に自身の唇をすべらせ、ダニエルがささやく。
アレクシスは魅入られたように動作を止めた。
「法的には……」
「じっさいは、スパイをつき止めてもそのまま泳がせる。いきなり逮捕して、ほかのスパイを警戒させるよりはそのほうが動きがつかみやすい」
ダニエルがもういちど口づける。
「そして二重スパイを持ちかける。少なくとも今どきの軍なら上はそう判断する」
本国側のスパイ活動をしていると見せかけつつ、敵側のスパイとして動くことを強要するということか。
ダニエルがこちらの唇を舐めた。
押し倒しておおいかぶさっているのはこちらなのに、甘い毒が回ったように動けず唇をもてあそばれている。
「法は建前だ」
ダニエルが、スッと片方の膝を曲げる。
アレクシスの脚に、官能的に脚をからめた。
「寝返らないか、アレクシス」




