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機械仕掛けの薔薇 〘R15版〙  作者: 路明(ロア)
2.冷たい祭壇
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PRIMUS AMOR SOCIUM 初恋の女の子

 クリスマス当日。

 街の商戦は、きのうから最後のひとふんばりとばかりに盛り上がっていた。


 軍の施設のなかにいてもクリスマスソングが聞こえてくる。


 白を基調としたシンプルな内装のオフィス。

 デスクは個別に離され、おたがいに視線の合いにくい位置に設置されていた。

 オフィスのところどころに置かれた観葉植物は、二酸化炭素を多く吸収するよう品種改良されたものだ。


 背もたれがややうしろに反れるよう調整してあるイスに座り、アレクシスはPCを操作していた。

 空中に浮かび上がったキーボードに合わせて操作パネルの上で指先を動かすと、作成された書類がキーボード上部に現れる。

 こちらは再帰反射を利用しているので、ブレインマシンの表示が空中に現れる仕組みとは違う。


 つまり、自分以外の人間も画面を見ることができる。


 内蔵されたカシャカシャカシャというキーボード音をさせ、アレクシスは背後の人影に目線を向けた。

「演習の書類ですか」

 後輩のジョシュア・ローズブレイドだ。

 出勤時間がかぶっていたのかと気づく。

 手にしたコーヒーを飲みながら、ローズブレイドがしばらく書類の内容をながめる。


「ドンパチする戦争なんていまどきないのに、武器だけは常備してあるからなあ。消費するのが大変だ」

 はは、と背後で笑いをもらす。

「八十年まえにどこかの国がドンパチはじめたときですら “時代遅れ”って揶揄(やゆ)されたそうですからね」

「いっそああいうのがあれば、援助の名目で使用期限の近い武器の在庫一斉処分ができるとか考える政治家もいるだろうな」


 アレクシスは、(ひじ)かけに頬杖をついた。

 ローズブレイドはとくに返事をせず、空中に描かれた書類をながめている。

「使用期限の近い武器ってどれだけありました?」

「そんなに多くない。演習で定期的に消費はしてるからな」

「核のメンテ費用は」

 微妙に話題が飛ぶなとアレクシスは軽く眉をよせた。

「経理のPCにあるんじゃないか?」

 キーボードを操作しつつ答える。

「経理ですか」

 ローズブレイドが、経理部のオフィスのある方向を見た。

「見たいなら経理から送信してもらえばいいだろう」

「そうですね」

 ローズブレイドがそう返す。

 ふたたび空中の書類をながめていたが、ややしてから「パガーニ大尉」と呼びかけた。


「例の初恋の女の子ですが」


 カシャカシャ……カシャ、とキーボード音をさせてから、アレクシスはゆっくりと同僚を横目で見た。

「……ここで言うな」

 顔をしかめる。

「だれも気にしないでしょ。仕事に支障さえなければ」

 ローズブレイドはコーヒーを口にした。

 たしかにオフィス内にまばらに座る同僚たちは、だれもこちらを見ない。

「いや……」

 アレクシスは手で口をおおった。


 初恋の子と聞いて、ダニエルの顔が浮かぶようになってしまっていた。

 どういうことだ。


「まずいなら場所変えますよ。ひと区切りつけたら言ってください」

 コーヒーをすすりながらローズブレイドが自身のデスクにもどる。

 そちらのPCからメールで送ってくればいいじゃないか。アレクシスは眉をよせた。




 軍施設の屋上は、むかしながらの素朴なイングリッシュガーデンが広がっている。

 二本の小道が通り、さまざまなハーブが植えられていた。

 中央にはジャスミンの樹が植えられ、クラシックなデザインのベンチが樹の周辺にいくつか置かれている。

 いまは冬なので屋上全体が透明なドームで覆われ温度調節がされているが、あたたかい季節にはドームが開いて自然の風が吹きぬけていく。


「雪降ってるみたいですね」


 ローズブレイドがドームを見上げる。

 ドームのところどころに粉雪が積もっていた。

「ホワイトクリスマスかな」

 アレクシスはつぶやいた。

 ローズブレイドが軍服の胸ポケットからタバコのソフトパックをとり出し、一本くわえる。

「どうですか」

 そう言い、こちらに差しだした。


 三十年ほどまえの懐古映画ブームのさいに喫煙(きつえん)が流行り、いまは嗜好(しこう)として定着している。

 むかしのものとはかなり成分が違い、巻紙の中身はハーブや香料を配合したサプリメントだ。

 唾液(だえき)の水分で発火する薬剤がフィルターに仕込まれているため、ライター等も不要だった。


 アレクシスは、一本引き出しくわえた。

 唾液が染みこむと、しばらくして水蒸気とほぼおなじ成分の煙がただよう。

 気分を出すため、あえて煙が出るように作られていた。


「例の初恋の女の子ですが」

「…… “例の子” でいい」


 アレクシスは眉をよせた。

 いちいちダニエルの顔がちらつく。

 以前、雑談のさいに初等部時代の話をしたら、ローズブレイドが勝手に協力しだした。

 相手の名前も覚えていないので、軍内の名簿からともかく金髪の女性隊員を検索しているらしいが。


「金髪の女性で、現在二十七歳って人はぜんぶ調べたと思うんですが」


 ローズブレイドはそう切り出した。

「一時期だけ陸軍の教育過程にいて、そのあとべつの過程に移動という人は見つかりせんでしたね」

「そうか」

 アレクシスはそう返した。

 自分でもそこまでは調べたのだ。

 見落としがあったのかとも思っていたのだが。

「いちおう前後の年齢も調べてみましたが、教育過程を途中で移動って聞いたことないですからね」

「そうだな」

 アレクシスは相づちを打った。


 それぞれの役割に適応していると考えられる遺伝子を選別し、提供を依頼して生まれているのだ。

 適応している方向が違っていたとあとで判断されるなど、聞いたことはない。


 もちろん成長後に不適合となる場合はあるが、その場合は軍と何らか関係する仕事に配属されるか、予備隊員となり名簿に名前は残る。


「何らかの事情で除隊あつかいになったか、もしくは死亡したか」

「どちらもないだろう。軍で生まれたなら除隊はありえないし、死亡してたらプロフィールに “死亡” と記載されるだけだ」

 「ですよね」とローズブレイドが返す。


「謎の金髪美少女か」


 ドームの外に広がる街並みをながめてローズブレイドがつぶやく。

「いまごろは成長してセクシーメイトのお姉さんみたいになってんのかな」


 ダニエルを連想した私はどこかおかしいのか。アレクシスは目頭に手をあてた。





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