AMANTE DEL PRETE 司祭の恋人 II
開け放たれたドアから雪が吹きこむ。入口ですぐに散り散りに舞い床に落ちた。
アレクシスは、冷えた首筋に口づけた。
ダニエルが震えた息を吐く。アレクシスの肩をいちどつかんだが、とくに抵抗もせずに手を床に落とした。
鎖骨に唇を移していくと、血液の鉄臭い匂いを感じる。
司祭服を中衣のシャツごと大きくはだけ、ケガをした肩に唇を這わせた。
血の匂いがする。
出血は止まりかかっていたが、舌で舐めとると傷口からまた少し血がにじんだ。
「弾丸は」
アレクシスは尋ねた。
同行していた同僚が撃ったものだ。てきとうな理由をつけて単独で追ってきたが。
ダニエルは、無言で左側に目線を移した。
古い紙屑の散らばる床に、黒い小さなものが転がっているのに気づく。
自分で抉り出したのか。そう理解した。
肩に口づけて、抱きしめる。
ダニエルが呻いた。
まだ血の止まりきっていなかった肩からふたたび赤いものが流れ、白く冷たい胸にツッと流れる。
傷口に口づけた。
はじめて関係を持ったときに、誘ってきたのはダニエルだった。
司祭としてはずいぶん破廉恥だなと苦笑したが、むかし好きだった相手によく似たしぐさに、フラフラと理性が溶けた。
あれはスパイとしての「仕事」だったのか。
いまにして思えば、自身の好みを調べ上げられていたのか。
このまま抱きしめて体温を伝えれば、本音が聞けるのではないか。
愛していたのはほんとうだと。
スパイの容疑など間違いだと口走ってくれるのではないか。
助けてほしいと頼ってくれたら、自身の立場を賭けても疑いを晴らしてやる。
本音を言ってくれ。
「いい加減にしたらいい」
ダニエルがこちらの肩をつかみ身体を引きはがす。
「軍の応援がきたらごまかせない」
理性的な顔で言うダニエルに、イラつきを覚えた。
「違うだろう、ダニエル」
自分が苦笑とも泣き笑いともつかない表情になっているのが分かる。
無表情のダニエルの耳元に唇をよせた。
「いつもはここで誘ってくるくせに」
ダニエルが、やんわりと外套をつかんだ。なおも理性的なダニエルの表情に煽られる。
吹きこんだ雪が、白い肌に舞い落ちる。
ああ、寒いか。ふいにそう思う。
あたためてやりたくなった。
ダニエルの上におおいいかぶさる。
オフホワイトの外套に血がこびりついた。
「ダニエ……」
冷えた肩に顔を埋め、アレクシスはよびかけた。
倉庫の出入口から吹きこむ雪がいっそう激しくなる。
体の下で、ダニエルはじっと暗い天井を見上げていた。
抵抗どころか指先すら動かす気配もない。
ケガがひどいのか。思わず意識があるのかどうかが気になる。
アレクシスは手をついて体を起こした。
「パガーニ大尉!」
女性の声が、はなれた場所から聞こえる。
複数の靴音がこちらに近づいた。
わざとべつの方向に行かせた同僚が応援を呼んだか。
「ダニエル」
ダニエルを抱き起こそうとする。
自身のなかでは、もはや彼を無理やり冤罪で確定させていた。
そのむねの供述は、保護して連れかえればぜったいに引きだせる。
何かの間違いだ。
冷静な性格の彼だが、とつぜんのスパイ容疑に動揺して怯えることはあるだろう。
そのために態度がおかしくなっているだけだ。
とりあえず軍の施設に連れかえろうと思う。
あたためてケガの手当てをしてあげて、こんなところでムリやり組みふせてしまったことをわびて。
「パガーニ大尉!」
靴音がガレージまえの通路にさしかかる。
「こっちだ!」
アレクシスは同僚に向かいさけんだ。
「スラックスのベルトをちゃんと直せ、馬鹿」
ダニエルが言いながら体を半回転させる。
死角をつく形で横面を蹴られ、アレクシスはかたわらに手をついた。
ダニエルがはだけられたシャツを片手で直しながら、俊敏な動きで立ち上がる。
「ダニエ……!」
司祭服の裾をつかもうと手を伸ばしたが、隙だらけの動きをつかれ腹を蹴られた。
「ぐっ……」
呻いてうずくまった横をダニエルが通りすぎる。
「待て……!」
脚にすがりつこうとしたが、かわされた。
床を這いふたたび手を伸ばす。
だが吹き込んだ雪のなかに、細身の姿は消えた。
「ダ……!」
名前を呼ぼうとしたとき、応援の靴音がごく近くまできているのに気づいた。
アレクシスは口をおさえて言葉を飲みこんだ。蹴られた腹をかばいながら身体を起こす。
「パガーニ大尉!」
ややしてから、応援を連れた同僚がガレージ内に踏みこんだ。
入口に背を向けるようにして、こっそりとベルトを直す。ダニエルは逃げおおせたようだとホッとした。
「……ケガでも?」
同僚が眉をひそめて近づく。
外套に付着した血の跡に気づいた。
DNA鑑定でもされれば、すぐにダニエルのものと特定されてしまう。
「……割れたガラスで、ちょっと」
アレクシスはそう答えた。