CRIMEN PRODITIONIS COITUS 売国の罪の情交 I
冬の夕方だ。とうに陽はしずんで暗くなっていた。
さきほどから風が冷たい。また雪がちらつくだろうか。
アレクシスは電光掲示板に映された天気予報を見た。
道中でダニエルと行った店を一、二軒覗きつつ、彼の自宅マンションにたどりつく。
ここ三日、なんども来ている。
もはや惰性で立ちよっている感じだ。
アレクシスは、マンション内に入った。
エレベーターでダニエルの自宅の階に移動する。
玄関ドアのまえに立ち、呼び鈴のパネルに手をかざした。
やはりインターフォンに返事はない。
ため息をつきつつきびすを返そうとしたとき、すぐ下の遺伝子認証のパネルに手がふれた。
「認証。解錠します」との表示が現れる。
アレクシスは目を見開いた。
解錠を告げる電子音を無言で聞く。
自身の遺伝子情報は、とっくに削除されたものと思っていた。
考えてみれば、マンションの入口から何の身元確認もなく入れていた。そこで気づくべきだったかもしれないが、まさかと思っていた。
ドアをほんの少しだけ開けなかを伺う。
あかりはついていない。ロウソクのあかりに似た常夜灯が二、三個ついているのが見えた。
小型アンドロイドが進み出て「お帰りなさい」とやわらかい女性の声で告げる。
客ではなく住人を出むかえる言い方にアレクシスは苦笑した。
遺伝子認証で解錠して入ってくる人物なので住人という認識か。
関係の破綻した恋人の情報を、削除する間もなく姿を消したということだろうか。
なかに踏みこむ。
設備や私物はそのままのように見える。
PCまで見ることができるとは思えないが、データ消去にそなえて重要な資料ほどアナログで残しておくのがふつうだ。
自宅のあちこちをあされば、使える資料が出てくるだろうか。
彼がスパイではないという証拠まではむずかしいだろうが、せめて脅されていた証拠とか、重要な案件には関与していない証拠とか。
短い廊下を通り、いちばん奥の部屋に入る。
暗い室内を見回した。
PCがある。
ダメもとだが、データを覗くことができれば彼の活動内容が分かるかもしれない。
椅子の肘かけについた起動パネルに触れてみる。
空中に「welcome」の文字が表示され、ホーム画面が現れた。
入れたのかとアレクシスは驚いた。
暗い部屋に表示しているため、かすかな光が部屋を照らす。
起動はだれでもできるようになっているのか。
スパイが所持するPCとは思えんが、重要なデータにだけ個別にロックをかけているのだろうか。
どのファイルから入るか。
アレクシスは指先を動かした。
「三日ぶりだね、アレクシス」
背後からテノールの声がする。
心臓が跳ね上がった。
アレクシスは、ぎこちない動きで声のしたほうをふり向いた。
部屋の奥。
常夜灯のあかりがとどかず暗い一角にあるカウチ。
脚を組み、膝の上に頬杖をついたダニエルがこちらを見ている。
「おまえ……」
アレクシスは後ずさった。
人の行動を暗闇からじっと見ているなど意地が悪い。
「いたならインターフォンに出れば……」
「仮眠してたからめんどうだった」
ダニエルが肩をすくめる。
「遺伝子認証はそのままなんだ。用があるなら勝手に入ってくるだろうと思ってたよ」
そう言い、膝にかけていた毛布を退かす。
全裸だった。
ダニエルはゆっくりと立ち上がると、こちらに近づいた。
PCのかすかな光に照らされ、なめらかな肌がうす青に染まる。
陶磁器のように見えた。
「……服を着ろ」
アレクシスは眉をひそめた。
「べつに見慣れているだろう?」
ダニエルがくすくすと笑う。
「遺伝子認証は削除せずそのままだった。それで僕の気持ちは分かってくれたと思うけど?」
「何が……」
ダニエルが首に両腕を回す。アレクシスの背中で交差させ唇に唇を這わせた。
「僕は変わらずあなたと関係していたい」
「……ずっとここにいたのか」
アレクシスは眉根をきつくよせた。
「泥棒は向いてないな、アレクシス」
ダニエルがもういちど唇を這わせる。
つい背中に手を回しそうになり、アレクシスは自身を制した。
華奢な肩に目線を落とす。
数日まえに貼られていた分厚い医療用パッドがないことに気づいた。
肌に近い感じのうすい保護シートに変わっている。
「それとも家宅捜索か? 陸軍大尉」
ダニエルがもういちど唇を這わせる。
ふいに唇を強く押しつけ、アレクシスの歯牙のあいだに舌をさしこんだ。
アレクシスは拒否しようと肩を押したが、ダニエルが後頭部にがっちりと腕をからめる。
「ん……」
アレクシスは顔をしかめた。
誘惑されているのだといまさらながら気づく。
脳が、なめらかな肌をおいしそうだと。ほしいと反応する。
この肌の感触はよく知っている。
一つ歳上の男性とは思えないほどやわらかく、すべらかで肌理こまかい。
「いくらでも調べていい」
唇をからめては離し、ダニエルがささやく。
「アレクシスが満足するまで」
ダニエルが熱い吐息を耳元にかける。
「……調べたいのはPCだ」
欲情を何とかこらえてアレクシスはそう返した。
「僕もそのつもりだよ。どうぞ」
PCをどうぞという体勢か。アレクシスは眉をきつくよせた。
理性とは裏腹に、両手がダニエルの背中をさぐる。
いかん、と思ったときには抱きしめていた。
「愛してるよ、アレクシス」
ダニエルが耳元でささやく。
「好きにして」