UMBRA ROSAE PERSEQUI 薔薇色の影を追って I
軍のオフィスに戻ると、二、三人の同僚がPCを睨むように見ていた。
ここに来る途中に覗いた経理のほうは、二人ほどがいたか。
見た目にはさほどあわただしい様子にはなっていないことにアレクシスはホッとした。
自身がスパイの顔と名前を報告せずいるばかりに大事につながったりしたら、始末書どころではない。
いまのところ重要なデータが流れでた痕跡はないのか。
自身のデスクに歩みよる。
ややうしろに反れる椅子に座り、PCを起動させた。
空中にキーボードが表示される。手元で指先を動かしてクラッキング検知のソフトを開いた。
たしかにクラッキングの形跡はあったようだが、とられた可能性のあるデータはゼロ、乗っとり、データ破壊の痕跡もゼロ。
「どうでした」
ローズブレイドが歩みよる。空中のPCの画面をながめた。
「入られた痕跡はあるが、何もしていない」
アレクシスは答えた。
「いまのところ、ほかのPCもそうみたいですね。共有してるデータも無事だ」
「……ただちょっかい出しただけか?」
アレクシスは顔をしかめた。
「軍のPCにちょっかい出すって、いい度胸」
ローズブレイドが苦笑する。
軍の将校クラスが生まれつきの特権階級だと反発する団体や、戦争反対との主張から無条件に軍に反感をもつ層まで、民間団体もいろいろある。
残った痕跡を解析しないことには、迂闊にあちらこちらを疑うわけにもいかない。
ログを調べてすぐに分かる程度の侵入ならいいが。
「こちらの出方を伺っただけかな」
アレクシスは背もたれに背をあずけた。
「軍のソフトは何秒で検知し何秒でブロックし、陸軍のオフィスは何分で対処をはじめるか。それを見た?」
ローズブレイドが画面を見つつ応じる。
「むかしは敵国の領内にしょっちゅう戦闘機を飛ばして何分でスクランブル発進してくるか調査してた国もあったらしいが」
「燃料費がかかりそうだなあ」
ローズブレイドが肩をゆすって笑う。
「そうやって蓄えたデータは、侵略行為にも交渉にも活用されたでしょうけど」
「何かをする事前の調査なのか?」
アレクシスは眉をよせた。
やはりダニエルなのだろうか。先日、追いつめた直前にもこんな感じのクラッキングが頻発していた。
PCの電源を落とし、おもむろに席を立つ。机の上に無造作に置いた外套を手にとった。
「出てくる。直帰するかもしれん」