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機械仕掛けの薔薇 〘R15版〙  作者: 路明(ロア)
3.売国をささやくクリスマスの悪魔
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NULLA APPLICABILIS NOTITIA 該当するデータなし

 クリスマスの次の日。ボクシングデー。

 同胞に石打の刑に処された殉教者ステファンの日だと、去年一夜をすごしたあとのベッドでダニエルが教えてくれた。


 軍のオフィス内。

 アレクシスは、PCを操作していた手を止めた。

 きのうのダニエルの体温と香りがどこかに残っている気がして集中できない。


 脚をからめられたさいに香った薔薇(ばら)とシトラスの香り。

 あの香りは、いまだ自宅のあちらこちらに残っている。


 寝返るとか何の冗談だ。


 いまだダニエルについていっさい報告していないので、とりこみやすいと踏まれたか。

 確実に舐められている。

 美青年の体一つで国家が裏切れるか。


 ふと真後ろに立つ人の気配を感じた。

 ふり向くと、ローズブレイドが空中のPCの表示をながめている。

「決裁書ですか」

「いちいち覗くな」

 手にしたコーヒーをこくりと口にすると、ローズブレイドはおもむろに切りだした。


「例のスパイのDNAですが」


 心臓が跳ね上がる感覚を覚える。

 数十分もあれば詳細な解析までできるというのに、すっかり忘れていた。

 優先順位がつけられなくなっている。落ち着け、とアレクシスは自身に言い聞かせた。


「何か……あったか」

「 “該当(N o t)する( A p p)デー(l i c)タなし(a b l e)” と出ました」


 しばらく理解が追いつかず、アレクシスは無意味にキーボードをカシャ、カシャと操作した。

「相変わらず古典的なカシャカシャ音が好きなんですね」

 ローズブレイドがアレクシスの手元をながめる。

「懐古映画の影響ですか?」

「……関係ないだろう」

 アレクシスは目頭に手をあてた。

「照合をブロックしたのはどこの国だ」

 そう問う。

 それでダニエルの国籍が分かるだろうか。

 敵国の可能性は高いだろうが、見当をつけるにはこの国は敵が多すぎる。

「ブロックとは違うような。それなら違う表示が出る」

 ローズブレイドが答える。


「女王陛下がボディビルダーをなさってるコラ画像が出たりするか」

「そんなの出たことあるんですか。俺、海鼠(ナマコ)の食事風景の動画出たことありますよ」


 ようするに相手国の軽いいやがらせなんだが。

 アレクシスはこめかみに手をあてた。

「“該当するデータなし” ってことは、うちの国内にデータはありませんってことなんじゃないかと」

 ローズブレイドが言う。

 アレクシスは眉をよせた。

「ないであろうから、他国のデータと照合しようとしたんだろう?」

「というか、とりあえず検索エンジンに解析された内容ぶっこんでみたんですが」

 ローズブレイドがコーヒーをすする。

「他国のデータにヒットするかその国からブロックされるかのまえに、自国から “データなし” って言われちゃいました」

「……どういうことだ」

 アレクシスは眉をよせた。


「ほぼ直感なんですが」


 ローズブレイドがコーヒーを口にする。

 しずかなオフィス内では、アレクシスと同じカシャカシャ音を立てている者もいれば、電子音を立てている者もいる。

 席に着いている者はまばらで、基本的にはだれかが雑談していても大声でもない限りは気にする者もいない。


「機密扱いってことなんじゃないかと」

「他国のスパイの個人情報が?」


 アレクシスは眉をひそめた。

「将校クラスのIDなら機密に入れるだろう」

「俺ので試したけどだめでした。大尉のでやってみます?」

「……ああ」

 アレクシスはそう返事をした。


 さきほどとはべつの理由で心臓の音が速まっている。

 自分が一年間恋人としてすごしてきた相手は、いったい何者だというのか。

 

「DNAの解析結果をよこせ」

「送信します」

 そう言いローズブレイドが自身の席にもどる。

 送信されてきたDNAデータをコピペして検索エンジンに入れてみる。

 該当するデータなし。即座にその表示が出た。

 なるほどと思い、表示にかぶせて軍のIDを書きこむ。


 “該当(N o t)する( A p p)デー(l i c)タなし(a b l e)


 ふたたび出たおなじ表示をまえに、アレクシスはきつく眉をよせた。

 ローズブレイドがゆっくりと席を立ち歩みよる。

「どうでした」

 空中の表示を見つつそう問う。

「確実に存在してるはずの人間のデータがないわけあるか」

 アレクシスはそうつぶやいた。


 滔々(とうとう)と聖書を読み上げるダニエルの冷たい天使のような顔が頭をかすめる。

 何者なんだおまえ。


 アレクシスは脳内でそう問いただした。

 体はすべて知っているのに。

 首筋に口づけると香る薔薇とシトラスの香りも、ふれるとほんのりと熱を持つ肌も。

「指紋」

 アレクシスはそう口にした。

「古典的だが、データは多い。指紋とってくる」

 そう言い席を立った。あわただしくPCの電源を落とす。

「指紋が残っていそうな場所に心あたりが?」

 ローズブレイドがそう問う。

「あのとき、逃げられたんですよね?」

 背後からそう尋ねられ、アレクシスは頬を(こわ)ばらせた。

「あ、ああ……」

 デスクについた手を、意味もなく軍服のネクタイに移動させる。

「……予想外だったんで動揺したかな」

 そうごまかして苦笑した。





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