AMANTE DEL PRETE 司祭の恋人 I
さびれて通る人もいないアーケード街。
アレクシス・パガーニは、銃を手に周囲を伺った。
LEDの街灯が道を照らしてはいるが、切れかかっているので周辺はうす暗い。
前世紀のやすいコンクリート造りの建物群は、老朽化であちらこちらにヒビが入っている。
いつから放置されているのか分からない古い配管がときおり建物からつきだしていた。
廃屋になった店のガラス窓に、自身の姿がうっすらと映っているのに気づく。
前髪を整えた灰色の短髪、軍支給のオフホワイトの外套。
肩幅の広い長身。それでも軍人というならもう少し厳ついほうがらしいのではと個人的には思う。
手にした銃は、前世紀からよくつかわれている弾丸を装填するタイプのものだ。
電磁波や荷電粒子を発射するいわゆる光線銃は実用レベルまで開発されていたが、周囲の電気機器への影響を懸念されてあまり使われていない。
こんなだれもいない廃れた界隈では、電気機器への影響も何もないのだが。
頭上にかかったアーチ型の屋根が、ところどころ壊れて穴が開いていた。
街を囲む超高層のビル街がのぞき見える。
二十一世紀最後のクリスマスは三日後だ。
いつにもまして繁華街はにぎわっている。
とくに耳をすまさなくても、こちらの廃墟群にまで楽しげなクリスマスソングが聞こえていた。
ふと足元に黒いものを見つけた。
携帯用のライトを胸ポケットからとりだし、かがんで照らす。
血痕に見えた。
あたりを見回すと、古いアスファルトの上に点々と続いている。
やはりここに逃げこんだか。
ライトをしまう。
道に点々とついた血の跡をたどる。
血液がしたたるほどなら、大きなケガだろうか。
血痕は、空家になった店舗と店舗のせまい隙間に続いている。
奥までたどると、古いガレージに行きついた。
キッと音を立てて錆びついたドアを開ける。
メインストリートの街灯の明かりが入口から射し、ガレージのなかに自身の長い人影ができた。
その影の先に、金髪の青年が脚を投げだし座っていた。
司祭服の袖から血液をツッとたらし、覚悟を決めていたのか表情もなくこちらを見ている。
童顔ながらも品よく整った顔が、蝋人形のような無機質なものに見える。
「……ダニエル」
アレクシスはつぶやいた。
「ダニエル・ハミルトン」
感情をおさえて、そう言い直す。
銃口を向ける。
「教会の司祭がスパイとはな」
ダニエルは無言で背後の壁に頭をあずけた。おもむろに肩をさする。
ケガをしているのは肩か。
「私と関係を持っていたのは、軍部の情報を盗むためか?」
ダニエルは無言でこちらを見ていた。
開け放しているドアからは、雪がちらちらと吹きこんでいる。
コートも着ずにコンクリートの床に座るダニエルを見た。
寒いのではないか。
ケガの状態は。
さきほどから表情も変えず何も話さないのは、出血がひどいせいではないのか。
本心では、自身の外套をかけてあたたかい部屋に連れこみ、ケガの手当てをしてやりたかった。
だが、そういった情を利用されていたのだ。
せめて間違いだと言ってくれないかと心のなかで懇願する。
ここで「冤罪だ」とひとこと言ってくれれば、うたがわしきは罰せずの法の精神にそってひとまず保護することができる。
「言い分があるなら自由に……」
「たいした情報も持っていなくてがっかりだ」
ダニエルがため息をつく。
「体まで張ったのに」
ひんやりとしているはずの空気を感じなくなっていた。
自分は興奮しているのだろう。アレクシスはそう自覚した。
軍の応援がすぐにここに来るかもしれない。
だが唐突にどうでもよくなった。
つかつかとダニエルに近づく。
ケガをしていると思われる肩をグッとつかみ、古い紙屑の散らばるコンクリートの床に彼を押し倒した。
ダニエルは顔をゆがめたが、すぐに真顔になりアレクシスの顔を無言で見上げた。
司祭服の襟の留具を乱暴に外して胸元をはだける。
恋人としてすごした時間を再現すれば、ちがう答えが引きだせるのではないかと思った。