表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/63

AMANTE DEL PRETE 司祭の恋人 I

 さびれて通る人もいないアーケード街。

 アレクシス・パガーニは、銃を手に周囲を伺った。


 LEDの街灯が道を照らしてはいるが、切れかかっているので周辺はうす暗い。

 前世紀のやすいコンクリート造りの建物群は、老朽化であちらこちらにヒビが入っている。

 いつから放置されているのか分からない古い配管がときおり建物からつきだしていた。

 廃屋になった店のガラス窓に、自身の姿がうっすらと映っているのに気づく。


 前髪を整えた灰色の短髪、軍支給のオフホワイトの外套(がいとう)


 肩幅の広い長身。それでも軍人というならもう少し(いか)ついほうがらしいのではと個人的には思う。

 手にした銃は、前世紀からよくつかわれている弾丸を装填(そうてん)するタイプのものだ。


 電磁波や荷電粒子を発射するいわゆる光線銃は実用レベルまで開発されていたが、周囲の電気機器への影響を懸念されてあまり使われていない。


 こんなだれもいない(すた)れた界隈では、電気機器への影響も何もないのだが。

 頭上にかかったアーチ型の屋根が、ところどころ壊れて穴が開いていた。

 街を囲む超高層のビル街がのぞき見える。

 

 二十一世紀最後のクリスマスは三日後だ。

 いつにもまして繁華街はにぎわっている。

 とくに耳をすまさなくても、こちらの廃墟群にまで楽しげなクリスマスソングが聞こえていた。

 

 ふと足元に黒いものを見つけた。


 携帯用のライトを胸ポケットからとりだし、かがんで照らす。

 血痕(けっこん)に見えた。

 あたりを見回すと、古いアスファルトの上に点々と続いている。

 やはりここに逃げこんだか。

 ライトをしまう。

 道に点々とついた血の跡をたどる。


 血液がしたたるほどなら、大きなケガだろうか。


 血痕は、空家になった店舗と店舗のせまい隙間(すきま)に続いている。

 奥までたどると、古いガレージに行きついた。

 キッと音を立てて()びついたドアを開ける。

 メインストリートの街灯の明かりが入口から射し、ガレージのなかに自身の長い人影ができた。

 その影の先に、金髪の青年が脚を投げだし座っていた。

 司祭服の(そで)から血液をツッとたらし、覚悟を決めていたのか表情もなくこちらを見ている。

 童顔ながらも品よく整った顔が、蝋人形(ろうにんぎょう)のような無機質なものに見える。


「……ダニエル」


 アレクシスはつぶやいた。

「ダニエル・ハミルトン」

 感情をおさえて、そう言い直す。

 銃口を向ける。

「教会の司祭がスパイとはな」

 ダニエルは無言で背後の壁に頭をあずけた。おもむろに肩をさする。

 ケガをしているのは肩か。


「私と関係を持っていたのは、軍部の情報を盗むためか?」


 ダニエルは無言でこちらを見ていた。

 開け放しているドアからは、雪がちらちらと吹きこんでいる。

 コートも着ずにコンクリートの床に座るダニエルを見た。

 寒いのではないか。

 ケガの状態は。

 さきほどから表情も変えず何も話さないのは、出血がひどいせいではないのか。

 本心では、自身の外套をかけてあたたかい部屋に連れこみ、ケガの手当てをしてやりたかった。


 だが、そういった情を利用されていたのだ。


 せめて間違いだと言ってくれないかと心のなかで懇願(こんがん)する。

 ここで「冤罪(えんざい)だ」とひとこと言ってくれれば、うたがわしきは罰せずの法の精神にそってひとまず保護することができる。

「言い分があるなら自由に……」


「たいした情報も持っていなくてがっかりだ」


 ダニエルがため息をつく。

「体まで張ったのに」

 ひんやりとしているはずの空気を感じなくなっていた。

 自分は興奮しているのだろう。アレクシスはそう自覚した。

 軍の応援がすぐにここに来るかもしれない。

 だが唐突にどうでもよくなった。

 つかつかとダニエルに近づく。

 ケガをしていると思われる肩をグッとつかみ、古い紙屑の散らばるコンクリートの床に彼を押し倒した。

 ダニエルは顔をゆがめたが、すぐに真顔になりアレクシスの顔を無言で見上げた。

 司祭服の(えり)の留具を乱暴に外して胸元をはだける。


 恋人としてすごした時間を再現すれば、ちがう答えが引きだせるのではないかと思った。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ